吉原の日常を江戸時代の読み本から覗いてみる〜『塵塚談』

吉原の日常を江戸時代の読み本から覗いてみる〜『塵塚談』

江戸時代に実在した吉原遊郭の様子を江戸時代の小川顕道著塵塚談』からのぞいてみたいと思います。『塵塚談』は文化11年(1814年)小川顕道78歳の時に書かれた読み本で、江戸の庶民の普通の暮らしが書かれています。小川顕道は医者なので病気の話が多いですが、それ以外にも食のこと、物売りや商店のことなど日常のちょっとした事を記しています。江戸の人達の普通の日常が垣間見れる著書です。その中から吉原について取り上げてみたいと思います。吉原に関しては昔は良かった、と言った感じで語られているのがちょっと面白いです。(現代口語にして補足も入れています。)

吉原大門・歌川国貞(三代豊国)筆 江戸時代・19世紀 横大判 錦絵
出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

吉原遊女衣服のこと


延享年間(1744〜1748年)や寛延年間(1748〜1751年)の頃の遊女は(多分上位の遊女のことだと思われます)紗織、縮緬、羽二重を来て(吉原)道中に出た。そのほかたくさんの衣服を持ち、毎日取り替え、同じ衣類は決して着ないタバコを禿(かむろ=遊女見習いで花魁の身の回りの世話などをする少女)に数多く持たせて、茶屋にて一服すると残りはそのまま茶屋に置いて行く。立ち寄る茶屋毎に同じようにするので、茶屋がタバコを買う必要はなかった。
しかし、ここ三四十年は美しいけれど毎日同じ着物を着ている。タバコも人にあげることもしなくなってしまった。

張見世にいる遊女とそれを見る客。吉原は観光地でもあったので、見物客も多かった。中村宣夫CG作品

吉原、銭屋嘉兵衛が話

吉原茶屋に銭屋嘉兵衛という知人がいる。この嘉兵衛の実父が二丁目信濃屋という遊女屋で働いていた。嘉兵衛が5〜6歳の頃、客の前に連れて行かれ、小謡を二つ三つ歌うと小判1両づつ貰うことが数回あった。嘉兵衛の実父が掃除当番の時に朝、2階(遊郭の2階に遊女の部屋があり、そこで宴会をしたり客を取ったりします)を掃除すると1歩2歩づつは、いつも拾っていた近年はこのような事は無くなってしまった。(1歩はお金の単位。4歩で1両。1両は大金ですが現在の価値で言うと、、、かなり難しい問題のようなので詳しく知りたい方はこちらのサイトを見てください。貨幣博物館HP『江戸時代の1両は今のいくら? ―昔のお金の現在価値―』すごくわかりやすく説明してくれます。)

遊郭の2階で芸者を呼んで宴会中。中村宣夫CG作品

吉原の遊女、張りありしこと

京都の遊女に長崎の衣装を着せ、江戸の気っぷを持たせ、大阪の揚げ屋(高級遊郭)で遊びたい、とは昔のこと(井原西鶴の『好色一代男』にある文)。吉原の遊女に限っては金銀では動かない。仙台藩主伊達綱宗が吉原の大店「三浦屋」の花魁・高尾を身請けしたが、高尾には将来を約束した男がいた。その男への操を立て綱宗に従わなかったため、浅草川三派(みつまた)で船中で斬られて亡くなった事は万人の知るところだ。(高尾は三浦屋の有名な遊女。十一代まで続いた。この逸話の高尾は初代もしくは二代目)

また、豊後節(ぶんごぶし=京都で生まれ江戸で大流行した浄瑠璃。)の文字太夫という男がいた。書が上手く名筆で芝居にも出て、贔屓の客もたくさんいた。ある時、吉原に人を連れて(高級遊郭が並ぶ)上通りの遊女を買った我が物顔で居たが、遊女が文字太夫だと気が付き、金子(きんす=お金のこと)千疋(ちむら=布で巻いた沢山のお金)を台に乗せ、ゆっくり遊んで行ってください、と禿に持たせ、花魁は現れず肴をご馳走した。流石の有名な浄瑠璃語りも赤面し立ち帰った。上通りの遊女屋(高級遊郭)は歌舞伎役者には遊女を売らない定めになっていた。また、何節によらず(当時色々な流派の浄瑠璃がありました。どの流派によらずという事)芝居に出る有名な浄瑠璃語りを呼ぶには金2両2分が定価、三味線引きは別料金だったので、その代金として千疋(たくさんのお金)を差し出した。このように吉原の遊女は意地が強かったが、現在は金銭を使うのを上客とするようだ。

吉原遊郭の花魁はプライドが高く気っぷが良い。中村宣夫CG作品

本の冒頭部分には、「その時々の風俗を書き連ねているけれども、流行するものは長く流行らず跡形も無くなり水の泡のようであるのは世の常だ」と書かれています。200年前に生きた小川顕道も現代の私たちと見ているものは違うけれど、同じ様に感じながら日々生活していたのだと思います。

参考文献 『塵塚談 俗事百工起源』(小川顕道・宮川政運著 神郡周解説)現代思潮社

吉原のはなしはこちらから
遊郭の成り立ち、構造から花魁の生活、そこで働く人などなどCGと共に紹介します。

CGで再現された日本橋絵巻「熈代勝覧」を動画にしました

CGで再現された日本橋絵巻「熈代勝覧」を動画にしました

今回は歴史CG作家中村宣夫が制作した『熈代勝覧』をご紹介します。

作品はとても広範囲なので一部を動画にしてみました!全てお見せできないのが残念です。

熈代勝覧』に描かれている日本橋通りの7町分の商店と、裏通りや裏長屋まで、広範囲にわたる作品です。屋根瓦や看板などまで1つづつ細部に渡り精巧に制作しています。この作品を見ると江戸の町は美しかったのだろうなと、改めて思います。

神田今川橋をスタートします。富士山も見えますね!
江戸のメインストリート日本橋通りには大店がずらりと並んでいます。
辻の両側に大きな店構えの越後屋(現在の三越)が見えます。
大工さんが新築工事中!
日本橋です。日本橋川の両岸には多くの蔵が並んでいます。
日本橋が「熈代勝覧」の終点です

現在放送中のNHK大河ドラマ「べらぼう」蔦屋重三郎の話ですが、彼は1750~1797年に生きていました。『熈代勝覧』は1805年に描かれているので蔦屋重三郎の死後5年ほど経った頃の作品です。当時は5年10年で街が激変することはありませんから、こんな景色の江戸の町で生活し、多くの作品を世に出して行ったのだろうなと思いを巡らせます。

多くの屋台や物売りが商売をしていました。
自身番と木戸番。ここから日本橋通りの始まりです。

江戸時代の日本橋絵巻「熈代勝覧」

熈代勝覧』について詳しくはこちらのページから。東京メトロ銀座線・半蔵門線「三越前」駅、地下コンコース内にレプリカが展示されています。日本橋通りが丁寧に描かれていて、日本橋の賑わいや人々の生活の様子もわかります。日本画ですがとても見易く、楽しい作品なので是非ご覧ください。無料です。

歴史CG作家中村宣夫HP
たくさん作品をご覧になりたい方はこちらから。
江戸城、日本橋、長屋、吉原などなどご覧いただけます。

江戸時代の本を読んでみよう!

江戸時代の本を読んでみよう!

Let’s read books from the Edo period!

最近、江戸の本、式亭三馬(安永5年1776年〜文政5年1822年)の『浮世風呂』(文化6年1809年に前編が出版)を読んでおります。江戸時代に刷られたの本ではなく昭和に再出版された本です。昔の本も欲しいのですが、昔の仮名遣いは読めないので内容を理解したい時は再出版の方が読みやすいです。でも言葉はそのままなので、半分理解できていないところもあって読むのに時間もかかりますが、案外分かります。学生の時に習った古文よりも江戸の言葉の方が現代語に近いですし、さらに現代語訳が併記されている本だとかなり楽です。ちなみに漢文で書かれている作品は完全にお手上げです。学生時代にしっかりと漢文の勉強をしておけば良かった、、、。でも漢文で書かれた本は完璧に現代語訳されているものがほとんどだと思います。

溢れそうな本棚。図書館みたいな本棚に憧れます。中央の右の黒い本が式亭三馬の浮世風呂と浮世床。

内容的には、ライトノベル的な感覚で読めます。ただ、江戸の人との感性の違いや知識、流行も違うので意味が分からない事も多々ありますが、200年以上前の人も同じ様なことを言って、同じ様なことで笑って怒っていたんだな、と思うと、江戸を身近に感じます。

昭和5年出版の本です。最近の出版とは言えないですね。でも句読点や改行があるので読み易い。

こちらのハードカバーは昭和初期に出版されたのですが、句読点もあり、改行してくれているので読みやすいです。現代語訳はないのですが、本文の上に注釈があるので大体理解できます。それでも、所々意味不明ですが、英語の本を読む時も、分からないところは飛ばしていいから、量を読め、って聞いたことがあるので、あまり気にせず読むことに。

賑やかな湯屋の様子を描いた挿絵です。男湯のはずなのに中央に女の人がいますね。混浴禁止だったはずですが、江戸以外はほとんど混浴だった様で、子供をあやすお母さんが脱衣所にいても周囲の人は誰も意に介さず。話の中でもお父さんやご主人を呼びに男湯に女の人が平気で入ってきます。ちょっとびっくり。今では考えられない。

浮世風呂』は江戸の湯屋(お風呂屋さん)でのごく日常の出来事会話形式で短編の話にしていて、江戸の人たちの生活が垣間見れる作品です。どこの家に子供が産まれた、とか、子供連れのお父さんが熱い湯を嫌がる子供をあやしながら一緒に湯に浸かっている様子、とか、女湯では、化粧の濃いのは良くない、薄化粧の方がいいよね、なんて会話していて、今と変わらないよな〜ってしみじみ思います。お風呂で起こる出来事はちょっとした喧嘩や湯当たりで倒れちゃう、といったほのぼのとしたエピソードばかりです。江戸時代は現代と違う不条理もあったと思いますが、のんびりした時間を過ごしていて憧れます。

中村が初めて作ったCGはこの『浮世風呂』からインスパイアされた作品でした。

二階建ての湯屋の構造が分かるCG。左側が男湯、右が女湯。男湯からのみ2階へ上がれました。2階は庶民の社交の場。

温泉でなく、スーパー銭湯でもなく、普通の銭湯に行ったのはいつでしょう、、、。もう少しコロナが収まったら浅草あたりの昔ながらの銭湯に行きたいものです。

その他、まだ数冊しか読んでいませんが、初心者に楽しく読めたのは妖怪の話です。絵も面白いし、妖怪とかお化けとかは時代を超えて人気ですね。

江戸の町並みを動画にしました!長屋から表通りまでリアルに再現!

江戸の町並みを動画にしました!長屋から表通りまでリアルに再現!

We’ve made a video of the streets of Edo! From tenement houses to main streets, it’s realistically recreated!

歴史CG作家中村宣夫が制作した江戸の町を動画で紹介します。

自身番から日本橋通りを進んでいきます。両側には漆喰造りの大店が並び、奥には火の見櫓が見えます。火災が発生した時に、裏長屋に広がらないよう、表には漆喰造りの建物を並べていました。しっかりとした都市設計がされていたんですね。

通りには屋台が出ています。寿司屋、天婦羅屋、二八そば、だんごや、お汁粉屋。江戸時代のグルメですね。今は寿司も天ぷらもA級グルメですが、当時は庶民の味です。なんといっても屋台ですから。どれも食してみたいのもばかりです。絶対に美味しかった!と思います。

水滝の小さな屋台が見えます。こちらは甘いお水、砂糖水を飲料水として販売していました。今のジュースといったところでしょうか。疲れた時に飲む水滝は疲れを癒してくれたのでしょう。

水滝屋から裏長屋に入っていきます。小さな長屋がびっしりと並んでいます。部屋の内部に入ると、そこは大工の部屋4畳半に2畳の台所。狭い室内ですが、今の様に物に溢れた生活をしていないので、それなりに快適に暮らせたようです。電気はありませんからちょっと薄暗いですね。

井戸の前を通り、裏通りに出ます。裏通りは庶民の生活用品などを売るお店が並んでいます。床屋(浮世床)、酒屋、足袋屋、古着屋、八百屋、米屋、小間物屋などが並びます。

最後は江戸の楽しみ、隅田川の花火で動画は終了です。隅田川の右側に見える不思議な建物は両国広小路の見せ物小屋です。

歴史CG作家中村宣夫HP
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江戸城、日本橋、長屋、吉原などなどご覧いただけます。