江戸絵画の華展

『江戸絵画の華』展に行ってきました!と書こうと思っていたら、もう2月!1月10日に予約をして行ってきたのですが、日々色々な事に追われ、あっという間にひと月経ってしまいました。

今回は伊藤若冲の「鳥獣花木図屏風」を目的に行ってきました。本当は2年前に企画されていた展覧会ですが、コロナで延びてやっと今年お目にかかれました!

この展覧会は2019年にアメリカのプライス財団の日本画コレクション約190点が出光美術館のコレクションに加わりました。その中から約90作品を第一部と第二部に分けて展示公開しています。現在は第一部公開中です。

若冲の作品だけでなく他の作品も素晴らしく、これらの作品が日本に帰って来た事は本当に嬉しい。出光美術館には感謝しかありません。今回お目当ての「鳥獣花木図屏風」も、アメリカにあったので直接見る機会は無いかも、と諦めていました。本当に嬉しい。日本は戦争や震災もあったので、その期間アメリカで大切に保管されていたから今でも良い状態のまま作品が残っていたと思うと、エツコ&ジョー・プライス夫妻にも感謝です。そして審美眼の高さに感服します。

その「鳥獣花木図屏風」。いつも若冲の執拗なまでの細密描写には驚かされますが、この作品は同じ細密でも全く違う作品です。タイル状の升目を延々と描き、多くの動物と草木を描き、更に周囲に額縁の様な同じモチーフを描いています。今ならコピペで一瞬ですね〜。若冲の絵に対する執着、パワーを感じました。動物彩絵の羽の一つ一つを描く緻密さとは少し違って、新鮮でした。これを江戸時代の人が描いたなんて。この絵を見るといつもゴーギャンやアンリ・ルソーの「夢」を思い出します。もし彼らがこの絵を見たらショックを受けるのでは無いでしょうか、、、。

伊藤若冲「鳥獣花木図屏風」江戸時代 18世紀  六曲一双 紙本着色 168.7×374.0cm
江戸絵画の華展カタログより

若冲も他の作家と同じように工房を持っていたようで、弟子たちと共に制作していたらしいことが近年の研究で明らかになっているそうです。これだけの作品を一人で手掛けるのは難しいですから当然と言えば当然です。コピペ出来ないですからね〜。以前から思っていたのですが、工房で弟子と共に作品を作っていても弟子が育つ工房と育たない工房があります。狩野派や浮世絵の歌川派などは多くの有名な弟子が生まれていますが、若冲や又兵衛、北斎も弟子を取っていたのにその弟子は有名になりませんでした。個性の強すぎる師匠は弟子を育てるのには向かないのでしょう。好きな作家ばかりですが、、、、。

また元々この絵画は日本間に飾られていた、というのも新鮮です。現在は美術館の展示ブースのガラスの奥にありますが、元々はどこかの、多分京都の武家か豪商の御屋敷にあったはずです。畳と襖の部屋にこの屏風!サイズも大きく迫力があります。ぜひそのシチュエーションで展示して欲しいものです、、、。

ちなみに今回の展覧会は予約制ですので、ゆっくり見られて大満足です!人混みの後ろからチラッと見える、なんて事はありません。余裕を持ってじっくり見られます。出光美術館の貫禄を感じます。第二部も予約しないと!

「江戸絵画の華展」出光美術館2023年1月7日〜3月26日

岩佐又兵衛

江戸初期の画家、岩佐又兵衛勝以については3回目になります。

9月に行った「日本美術をひも解く」展で又兵衛の絵巻「をぐり」を久しぶりに鑑賞したら、やはり素晴らしくて、国宝が居並ぶ中、ダントツ!と思い(主観です)その後又兵衛の絵巻の図版を数冊購入しました。

又兵衛の絵画は緻密かつ躍動感があります。その人物は表情豊かです。絵巻は当時、漫画のようなアニメのような存在で、詞書(ことばがき)で物語を語り、そのシーンが描かれています。又兵衛の絵巻には絵に勢いがあり、かつ、一つ一つのディテールは細かく、細密です。また陰を描いている箇所もあり、立体感もあるので、絵だけ見ていても次の展開がどうなるんだろうかと引き込まれます。このような、躍動感があり、かつ極彩色な絵巻は少ないのではないでしょうか。

牛若丸の母、山中常盤の息絶えるシーン。
母の瀕死の表情と、宿の主人夫婦の切ない表情。
山中常盤の牛若丸が盗賊を仇討ちするシーン。
戦国の世を生き抜いた又兵衛。血生臭い。

細密画といえば若冲ですが、若冲は「動物彩絵」に代表されるように動植物を好んで描いてましたが、又兵衛は人物。人に対する、愛なのか憎しみなのか、執念なのか、そのエネルギーをさまざまな人物のさまざまな表情、行為を描くことに向けている。人間臭い、ドロドロした感情も見える。又兵衛の最大の魅力がその人間の情感を描いているところだと思います。

先日、「川越仙波東照宮の特別公開」に行ってきました。仙波東照宮は重要文化財ですが、その拝殿には又兵衛の「三十六歌仙額」があります。この作品の裏書から半ば伝説的だった浮世又兵衛が岩佐又兵衛であり、勝以である事が証明され、又兵衛研究が進んだ重要な作品です。

今回の特別展では本殿と御神体(家康公)や拝殿内部と共に「三十六歌仙額」全作品も一緒に公開されました。普段は「埼玉県立歴史と民族の博物館」に収蔵されているのですが、仙波東照宮のものです。現存する作品数の少ない岩佐又兵衛の代表作の一つが川越にあると思うと嬉しいし市民としては誇りに思います。

「川越仙波東照宮の特別公開」なのでメインは東照宮そのものですし、博物館の展示のように見易く展示されているわけではなく額が掛かっていたのを再現しているので、高い位置に展示されているし、ライトも無いので鑑賞するにはちょっと見にくいのですが、本来の作品のあるべき姿を見られました。又兵衛も完成した時、同じように眺めたのかなと思うと感慨深いです。

本殿 内部と御神体が公開されました。
拝殿 内部に又兵衛の三十六歌仙額が飾られています。

ちなみにこの作品は寛永15年に火災で消失した仙波東照宮の復興のために依頼されたのですが、又兵衛の筆が遅いのか、忙しかったのか、まだ出来ないか、と督促状が残っているそうです。

そんな「三十六歌仙額」ですが、又兵衛の特徴の豊頬長頤(ほうきょうちょうい=頬がふっくらして、唇の下から顎にかけて長い)の姿で、細部まで緻密に描き込まれています。歌人の肖像画らしく静的で、絵巻や洛中洛外図屏風に比べると少々物足りない感じはしますが、毒々しさが抑えめで上品な作品です。

この作品は寛永17年(1640年)、又兵衛62歳の時の作品です。その10年後の72歳、江戸で亡くなっているので、晩年の作品ということになります。

小紋雅話

山東京伝作の「小紋雅話(こもんがわ)」という小紋の図案集のデータ化を試みました。

「小紋雅話」は寛政二年(1790年)蔦屋重三郎により出版された小紋模様見立絵本です。山東京伝の小紋集は好評だったようで、天明4年(1784年)「小紋栽ざい」、天明6年(1786年)「小紋新法」に続き3冊目に出版されたのがこの「小紋雅話」でした。

江戸の人は洒落好きだったので洒落の効いた風変わりな小紋です。実際にこの柄の着物が作られていたのかは分かりませんが手拭いや小物にするのは楽しそうです。

山東京伝(1761年〜1816年)は年齢的には葛飾北斎の1歳年下。浮世絵、読本、絵本の全盛期に戯作者、浮世絵師として活躍しました。浮世絵師としての名は北尾政演。寛政の改革のため、小紋雅話が出版された翌年の寛政三年には洒落本が禁令を犯した罪で手鎖50日の処分を受けています。しかし、その後も蔦屋重三郎と組み、多くの作品を残しました。

小紋雅話は江戸人の豊かな発想力と笑いを求める明るさ、大らかさが詰まった図案が156案描かれています。その図案を全てベクターデータ化しました。資料が古く鮮明では無いため、私の解釈でのデータとなりますのでご了承ください。順次illustACにて無料配布致しますので是非、風変わりな江戸小紋をお楽しみください。

『天竺にてはかんなクズを見て字を作し、オランダにては牛の涎を見て字をなす。唐の蒼頡(そうけつ)は鶏の足跡を見て、字を作りたると聞ゆ。われはまた犬の足跡を見て梅の花と見たて、書なるか、字なるか。いっこう分からざる物数十を作し、名付けて小紋雅話という。これももんがぁの類いにして、いずれ怪しかるべし。』〜小紋雅話叙

参考資料:「滑稽本集」日本名著全集刊行会刊

ダウンロードはこちらから  → illustAC

読書の秋

最近、矢島新著「日本美術の核心」という本を読みました。日本美術のオリジナリティについての著作ですが、とても面白かったです。

以前友人に、「日本人は西洋画のように写実的に描けなかったのかな?」と言われたことがりました。確かに遠近法とかの観念が無かったし、写真のようにリアルな絵画は日本画にはほぼ有りません。でも以前紹介した渡辺崋山のように写実的な人物画があるし、応挙の昆虫のスケッチなんて図鑑のようです(それ以上に美しい)。仏僧の木彫などには動き出しそうなリアルな作品もあります。それに、写実的かどうか以前に美しいものは美しいし、写実的じゃなくても面白い。と言っても、確かに江戸時代の西洋画風絵画でも遠近法はまだ未完成で不恰好だし、未熟にも見えてしまう。日本画の良さをどの様に説明したらいいのか上手く話せずモヤモヤと胸に残っていたのですが、この本の中に解答があってスッキリ!

西洋の絵画が現実をリアルに写す方向に芸術の世界が向かったのに対し、日本は美を表現する方向に向かったため、現実の世界と違くてもそれに重きを置いてこなかった。その結果としてデザイン性の高い作品が生まれていった、ということでした。

写実的ではない、イコール下手では有りませんし、写真の様に写実的だった西洋画が抽象画に方向転換したのは浮世絵の影響です。日本画は抽象画とも言えますから、浮世絵に衝撃を受けた印象派の画家たちが抽象画に向かい、現代アートまでの変革の道筋が出来ました。写実的=美という概念をぶち破ったんですね。

ヨーロッパが大航海時代以降、世界の覇者となったために西洋の(キリスト教的)価値観が世界に広まり、それ以外は野蛮だ、といった風潮になってしまったので絵画に限らず西洋的価値観で全てのものを見てしまうようになりました。その為にそれ以外の国々の文化への理解が乏しくなってしまったけれど、逆に西洋の画家が東の外れの国の絵画に衝撃を受け、芸術表現を大きく変えることになったのはとても面白いことです。自分達と全く違う文化を受け入れられる芸術家は度量が大きいと思います。というか度量の大きく柔軟な芸術家が世界を変えていくんだな〜と思います。

また、日本で印象派の絵画が人気なのは日本人として親近感があるからだと考えると納得がいきます。印象派以前のキリスト教の絵画や王侯貴族の絵画よりも日本のエッセンスが入った印象派の絵画は肌で理解できるのでしょう。

少し話がズレますが、私は西洋画では印象派よりも中世の作品が好きです。ギリシャの均整がとれた時代とルネサンスの間の、暗黒時代とも言われたキリスト教が支配していた時代です。なぜ好きかというと、とてもデザイン的で面白いから。写実的な観点から行くと下手ですが、平面でどの様に必要な宗教的要素が描けるのか工夫した結果、面白い絵画が生まれた様に思います。勉強不足で西洋中世画について多く語れませんが、金も多用していて、やはり日本画との共通点があるように思います。(今度詳しく調べてみよう!そうか、だから中世画が好きだったのか。)随分前ですがイタリアに行った時、ボローニャにある中世絵画の美術館に寄ってきました。やっぱり美しく面白い絵画でした。イタリアでもあまり人気がないのか、他に鑑賞している人はいませんでしたが、、、。

そのほかこちらの著書では世界の芸術の中心となった国(仏伊中など)の周辺国(日本も中国の周辺国)の文化や日本の素朴絵(かわいい絵)などについて書かれていて、興味深かったです。かわいい絵はまさに現代の漫画や様々なキャラクターに結び付きます。

文章も読みやすく日本美術の本質的な流れが分かりやすく書かれていて、芸術&読書の秋にぴったりの本でした。

日本美術の核心 周辺文化が生んだオリジナリティ (ちくま新書 1633) [ 矢島 新 ]

価格:1,067円
(2022/9/22 09:47時点)
感想(0件)

日本美術をひも解く

現在開催中の「日本美術をひも解く〜皇室、美の玉手箱」展に行ってきました。8月6日から9月25日まで開催しているのですが、前後半で展示内容が変わるため、9月の展示を観に行ってきました。

東京芸大美術館で開催されているのですが、その日は丁度芸大祭も行われていて、上野がとても混んでいました。芸大の入口には行列が出来ていてビックリ。と思ったら、「美術館の方はこちらにどうぞ」と言われ、すんなり入場できました。あの列は芸大祭に入場する方の列だった…。チケットを購入するのに少し並んだので、オンラインで買えば良かったと後悔しつつ、10分程度並んで購入し、早速会場へ。

結構混んでいて、教科書でお馴染みの国宝「蒙古襲来図」や伊藤若冲の「動植彩絵」など(こちらも昨年国宝になりました)は展示物の前に行くのに少し時間が掛かりました。今回はその伊藤若冲の「動植彩絵」が観たくて行ったのですが、人に負けてしまい、へばり付いてガッツリ見られなかったのが残念。一部が原寸大で印刷されている若冲の図版「100%若冲」をよく見ているのですが、どうしても若冲は細かい技法が魅力なので近寄ってじっくり細かいところまで見たくなってしまうんですよね。絵の目の前に行くのにメゲて人混みの後ろから絵全体を視界に入れると、印象が若干変わります。細部を見ていると、神経質なまでに緻密で若冲の緊張感が感じられるのですが、全体を見ると、穏やかで静的な印象を受けました。

若冲を見に行ったのだけれども、1番のお気に入りは、やっぱり(?)岩佐又兵衛「をぐり(小栗判官絵巻)」でした。一部しか見られないのがとても残念なぐらい面白い絵でした。江戸初期の絵画には珍しい陰が描かれ、建物も人物も細部にまでこだわって描かれていて興味深かったです。原寸図版『100%又兵衛』を作ってくれないかな。でも岩佐又兵衛はまだマイナーな画家なんですね。この作品にはそんなに人が群がっていなかったのでじっくり観られました。良いのか悪いのか…。

水木しげるの妖怪 百鬼夜行展

美術展レポートの続きです。実は一番行きたかった、六本木ヒルズ東京シティービューで開催中の「水木しげるの妖怪 百鬼夜行展」をご紹介します。水木しげるは浮世絵や日本画の百鬼夜行に影響を受けていて、正統的な日本画の妖怪画家としての位置付けが出来るのではないか、というテーマでの美術展で、大変面白かったです。

歌川国芳の「相馬の古内裏」の髑髏、北斎の百物語「小岩さん」が元になっているイラストも。

入ってすぐには、スマホを使ってVRの妖怪を楽しめるスペースがあります。子供連れが多かったのでイベントとして良い企画だと思いました。アプリのダウンロードにちょっと時間がかかりましたが、その間にブロンズで作られた妖怪たちをスマホで撮影。アプリがダウンロードできたらブロンズの妖怪たちの周りや窓際でVR妖怪達を探します。妖怪を見つけるのに手間取ったりして、見つけたらカシャリと撮影。子供達に混じってイベントを堪能しました。

こなきジジイ
周りにVR妖怪が隠れているかも?

その後は水木しげるの生い立ちと青春時代の経験から妖怪に興味を持った経緯が漫画の展示と共に説明されます。でっかい「ぬりかべ」も出現!

ぬりかべの後からは、日本画や浮世絵に出てくる妖怪と、水木しげるの妖怪が並べて展示されていて、そのルーツが明らかにされます。もともと、百鬼夜行も浮世絵も大好きな私としては一番楽しみにしていたスペースです!

ただ単に、昔の絵画を模して漫画を作っていた、と言うのではなく、それを水木しげるの世界観にリメイクして作品にしている。また、妖怪だけでなく、その背景画も物凄く緻密に描かれていて、この人はどんなに絵を描くのが好きだったんだろう、と感激してしまいました。この背景を一枚の風景画にしても楽しめると思います。また、完全に水木しげるのオリジナル妖怪で古い絵画にはない妖怪たちも沢山います。こちらも見応えがあります。

「百鬼夜行」は古く、平安時代から説話や絵画として描かれています。昔からいろいろな姿になりながら、よくわからない存在、不気味で怖い存在としてバケモノは人々に恐れられました。現在も夏になると妖怪の本が本屋さんに並んだり、テレビや映画でもホラーものが増えたりしますが、人間誰しも、「そんなものいないよね」と言いつつ妖怪やお化けを心の中で恐れているもの。水木しげるの漫画はそんな日本人の心の中にいる妖怪をちょっと怖く、ちょっと可愛く、ちょっと面白く描いたことで世代を超えて愛され続けているのでしょう。私も子供の頃、ちょっと怖く、ちょっと可愛く、ちょっと面白いゲゲゲの鬼太郎が大好きでした。

「水木しげる展」と言うことで、子供連れが非常に多かったです。「ゲゲゲの鬼太郎」のイベントを期待して来たんだろうな〜と思いますが(ヒルズの方では「ドラえもん」がたくさんいるし)、前半以外は所謂子供向けイベントではないので、後半はどんどん親子連れに抜かれます。正直、じっくり1点ずつ絵を見ている人はほぼいなくて、とても残念!と言うか、勿体無い!!絵の解説も丁寧にしてあるし、日本画を知らない人にも分かりやすい展示だと思うのに、、、。原画を間近で見れるなんて滅多にないから、親子連れに白目で見られても、ガッツリ絵を楽しんできました。是非、絵画好き、日本画好きの人にも見て頂きたい美術展でした。

お土産のカタログと、悪魔くん

余談ですが、絵を見ていたら、背後から、カランコロンと下駄の音が、、、。振り向くと、全身鬼太郎の少年が!でも鬼太郎も目玉親父もいなくて残念だったね。

そして、森美術館含め、こちらのイベントは22時まで開催しているので、大人だけの場合は夜行った方が良いかな〜と思いました。百鬼夜行だしね。

水木しげるの妖怪 百鬼夜行展

歌枕展

夏休みですね!もう8月も後半ですけど。この夏は久々に海など行って、史跡など回ってリフレッシュしたいと思っていたのですが、コロナが再燃してしまったので、そんな気分は消し去られ、結局遠出は諦めてしまいました。

その代わり今月は久しぶりに美術展に行ってきました。都内に出かける用事に合わせて行ったので、曜日と時間的に行ける美術展が限られてしまったのですが、今の私では選ばなかったような美術展にも行けて良かったと思います。

都内に出掛ける日は、月曜日だったのですが、公立の美術館博物館はほとんどが月曜日は休館日です。なので、月曜日に開館している美術館はどこか調べてみたところ、六本木にある美術館は火曜日が休館日になっていました。ぐるりと美術館巡りができるように、休館日をあえて火曜日で合わせているのですね!なんて賢い!

六本木には国立新美術館森美術館森アーツセンターサントリー美術館21_21DESIGN SIGHT富士フィルム写真歴史博物館があります。すっかり六本木はアートな街になったのですね。

休館日だけ出なく、時間も比較的遅くまで開館しているのも助かります。森美術館、森アーツセンターは夜10時まで開館です!仕事帰りでも飲んだ後でも行ける!さすが六本木、森ビル。

この日は、森美術館、東京シティービューで開催中の「水木しげるの妖怪 百鬼夜行展」とサントリー美術館で開催中の「歌枕」展に行ってきました。

まずは「歌枕展」からご紹介します。高級店が並ぶ東京ミッドタウンガレリア3階にあるサントリー美術館は木を多用した美しい美術館。高級感あります。

「歌枕」について勉強を。古来から日本人が愛した和歌。その中に繰り返し詠まれた風景が長い年月をかけていつしか特定のイメージが定着して行きました。たとえば、ススキ、といえば武蔵野、のように。そのように和歌によって特定のイメージが結びつけられた土地を「歌枕」と言います。その歌枕は和歌の中だけでなく、絵画や工芸品にも沢山描かれました。それらの作品を展示した美術展です。

平安時代から江戸時代までに製作された、和歌、絵巻、屏風、掛軸、硯箱や陶磁器、着物、櫛や簪などが展示されています。

昔は気軽に旅行などが出来なかった時代、絵画や工芸品を見ながら、思いを馳せていたのでしょうか。古くから日本人が感じた風景は現代を生きる自分にも染み込むものがあります。勉強不足で和歌はよく分からないので、絵画や工芸品の方が伝わってくるものがあります。もちろんこのような美術品(当時は日用品)を持てたのは貴族階級、武士階級、もしくは大商人くらいでしょうが、一つ一つ丹念に描かれ、また作られた作品には作者の思いを感じます。日本人として癒やされた美術展でした。

歌枕展

https://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/2022_3/

虎図

今年も半年が過ぎようとしていますが、今年は寅年ですね。正月前後にしか毎年の干支を意識しないので数ヶ月するとすっかり忘れてしまいます、、、。今年は寅年ですが、グローバル・タイガー・サミットが開催され、絶滅危惧種であるトラの保護について国際的に話し合われるそうです。

日本に虎は生息していませんが、古くから虎の絵は親しまれてきました。今でも、強い虎のイメージそのままに厄除けとして鶴や亀と同様に縁起物の一つです。武士の屋敷では来客者を威嚇するためにも使われたようです。

円山応挙 「虎嘯生風図」天明6年(1786) 絹本着色
東京国立博物館蔵
虎は風を操るといわれているそうで、背景の
カーブは巻き起こした風でしょうか。
ふさふさの毛と柔らかそうな体。モフモフしたいですね。
出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)
熊代 熊斐 「虎図」宝暦12年(1762) 紙本著色
九州国立博物館蔵
南宋画の先駆者、熊斐の作品。
ふさふさの毛とくりくりの目が可愛いです。
出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

虎の実物を見ずに描かれた日本画の虎はちょっと微妙です。写実的絵画が得意な応挙でさえ、微妙です。日本人にとっては空想上の動物と同じだったのかもしれませんが、猫科の動物と知っていたから、ちょっと猫っぽく可愛くなってしまったり、、、。空想上の動物の龍は大体かっこいいですけどね、、、。でも見ることが出来なかったからこそ、絵師による工夫がされていて、色々な虎がいるのが面白い。個性が発揮されています。いろんな顔していて、迫力があるものから、可愛い虎まで、こんなコがいた!って感じで楽しめます。

伊藤若冲 「虎図」 絹本着色 一幅 プライスコレクション 
朝鮮の虎図を模写した作品
朝日新聞出版 「若冲への招待」より
伊藤若冲 「虎図」 紙本墨画 一幅 石峰寺蔵 
可愛い虎。動植物を愛した若冲の優しさあふれる作品。
実物を見たらどんな虎を描いたのでしょう。
朝日新聞出版 「若冲への招待」より

トラは元々アジアに広く分布している野生動物です。インド、東南アジア、中国、朝鮮半島からロシアまで生息域がありますが、ここ100年で激減して、絶滅危惧種になってしまいました。と言われても、日本とは関係ないんじゃない?とは認識不足でした。虎は漢方薬として使用されていたため、近年まで密輸されていたようです。昔、虎の敷物なんてものもありましたよね。

渡辺崋山 「猛虎図」 天保9年(1838)絹本墨画淡彩 
平野美術館蔵
田原藩の三千両もの借財の代わりに三河国前芝の加藤家に送られたと伝えられる「三千両の虎」と呼ばれた作品。
新潮日本美術文庫「渡辺崋山」より

もちろん世界的に現在はトラの狩猟は禁止されていますが、密猟は今でもどこかで行われているそうです。ということは高値で買い取る商人がいるということ。そしてそれを買う客がいるということです。自然環境の変化も激減の一因ではあるようですが、ほとんどが人間の仕業です。ということは人間が救うことも出来るわけですね。地道な保護活動をされている現地の人には頭が下がります。

詳しくはWWFのHPをご覧ください。

渓斎英泉 「月に虎」19世紀 大短冊判 錦絵
虎は夜行性なので月とともに描かれることが多いそうです。
東京国立博物館蔵
出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)
葛飾北斎 月みる虎図 天保15年(1844年)
紙本一幅 島根県立美術館蔵
85歳晩年の作品。可愛い夢見る虎ですね。
新北斎展(2019年)カタログより

渡辺崋山 (新潮日本美術文庫) [ 渡辺崋山 ]

価格:1,320円
(2022/6/24 14:46時点)
感想(0件)

若冲への招待 Ito Jakuchu [ 朝日新聞出版 ]

価格:1,760円
(2022/6/24 14:49時点)
感想(0件)

渡辺崋山

最近、美術館に行っていないせいか、歴史書に寄りすぎて美術書をあまり見なかったせいか、禁断症状(?)になり、名画集を眺めていまして、すごい絵は沢山ありますが、その中でも特異な存在、渡辺崋山をご紹介します。渡辺崋山は1840年台前半に活躍した絵師です。

寛政5年(1793年)田原藩(現在の愛知県渥美郡)の藩士の長男として生まれました。父が江戸詰だった為、江戸の半蔵門外にあった田原藩上屋敷内の長屋の中で生まれたそうです。武士の長屋もあったの?とちょっとびっくり。士農工商からすると一番身分は上ですが、経済的には商人の方が豊かだったかもしれません。父が病弱だったこともあり、武士ではありますが、生活は厳しく、そのために画業に励み、絵師としても活躍していました。

師匠は町絵師の白川芝山、その後、金子金稜と谷文晁に支持しています。年齢的には北斎よりも33歳年下です。と言っても北斎の影響がある絵には見えませんね。

鷹見泉石像 国宝 渡辺崋山筆 天保8年(1837) 絹本着色 
国立博物館蔵
国立博物館でこの作品を見てショックを受けました。
出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

渡辺崋山といえば肖像画、というくらい名作が多く、この時代にこんな作品を描いた人がいたのかと衝撃を受けます。日本画よりも西洋の水彩画に近いのでは?と思ってしまいます。デッサンも多く残っているようですが、これも江戸の人が描いたとは思えない。リアルで、柔らかく美しいタッチに心洗われます。西洋画に親しんでいる現代人には彼の作品は親しみやすいかもしれませんね、、、。

ヒポクラテス像  重要美術品  1幅  天保11年(1840)  
絹本墨画淡彩
 瞳の輝きとかまるで油絵のようです。
出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

もともと武士の身分で絵師になった人は結構いますが、渡辺崋山は本業はキッチリ武士です。幼少期から藩主の御伽役を任されるのに始まり、田原藩の役職をこなしています。儒学も学び、できる人だったようです。俗に「三千両の虎」と言われた「猛虎図」は藩の借財の代わりに渡されたそうで、1枚の絵で三千両の借金チャラ。すごいな。そんな人だったからでしょうか、身に覚えの無い罪で投獄、謹慎処分になり、最後は自決しました。天保11年(1841年)49歳のことです。ちなみにこの時、北斎は81歳。北斎はこの後もバリバリ肉筆画や北斎漫画なんかを描いていたのを思うと、崋山ももっと名作を残せただろうに残念です。

市河米庵像  重要文化財 1幅
縦:124.2cm 横:59.1cm
京都国立博物館蔵
出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)
市河米庵像の下絵です。
江戸の絵師と思えない、、、。
出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

新撰銘酒寿語禄

ざっと75個もの酒樽が並んだこちらの絵は江戸時代末の江戸で愛された銘酒双六です。日本酒老舗探しには格好の資料!と言うことで調べてみました!

双六なので、右下の樽が「振り出し」。中央の、「一御酒百駄」が「上がり」です。江戸時代の双六は、どうやって遊ぶの?ほんとにこれで遊んでたの?って思いますが、とりあえず、デザインとしてこの双六の形態が好まれたことは確かなようですね。

新撰銘酒寿語禄
江戸時代末期 作・梅素亭玄魚
縦71.0㎝×横75.0㎝

右端の提灯に「下り酒問屋」左の提灯には「地回り酒問屋」と書いてあります。下り酒は、関西地方から船で下って江戸に入る酒、地回り酒は江戸近郊の陸路で江戸に入る酒の事です。上に松飾りがあるので、正月に酒問屋が宣伝用に配ったのかもしれません。

この75樽の中から、現在も残っている酒蔵はどれくらいあるのかな〜と調べてみました。双六なのでどうやらこの樽のは酒の名前ではないのかも?というものもあるし江戸の文字は読めないし、苦戦しました。ネットでの検索なので定かではありませんが、22銘柄、見つけました。

一番上右の「正宗」と「江戸一」は1625年創業の桜正宗の銘柄です。「正宗」は清酒の代名詞でした。左から3列目の「旗頭」は文政元年1818年創業の黄金色酒造と思われますが、こちらは焼酎なんですね。焼酎も美味しい。その隣「龍神」は群馬県の龍神酒造と思われますが、蔵元の詳しいことが分からなかったのですが、お酒は美味しそうです〜。

上から2段目右から3列目の「寿海」は沢の鶴で1840年頃から作り続けている銘柄だと思われます。『♪さわ〜あの〜つ〜る〜』のCMでお馴染みですが老舗だったんですね。その隣の「日本橋」(橋が絵になってます)は1805年創業の横田酒造。埼玉県です。「日本橋」の銘柄は創業者が日本橋の酒問屋で働いていたところから付けられました。左から4番目「白鹿」は寛文2年1662年創業辰馬本家酒造です。江戸時代の看板に「宜春苑 長生自得千年寿 白鹿」と書かれていたそうですが、ここにもそのままのコピーが書かれています。

上から3段目左から4列目の「福寿」1751年創業の神戸酒心館で13代にわたりこの銘柄を作り続けています。すごい!同じく3段目の右から2番目「高砂」は1830年創業の富士高砂酒造と思われます。

4段目、一番左「岸の」は1789年創業の井上酒造と思われます。左から2列目は剣菱ですね。このマークは目立ちます。企業マークの重要性を感じます。現在も現役バリバリですね。その剣菱の一つ飛ばして右は「相生」は岩手県の1829年創業、わしの尾酒造。

5段目中央、上がりの下の「白雪」は天文19年1550年創業の小西酒造です。清酒発祥の地、伊丹にあり、現存する最古の清酒銘柄です!隣の「丹頂」は沢の鶴にこの銘柄のお酒があるので、沢の鶴でしょうか。その隣「」は寛保3年1743年創業のおなじみ、白鶴です。さらにお隣、右から2番目「鶴齢」(鶴が絵です)は享保2年1717年創業の青木酒造。コメどころ新潟県魚沼です。

6段目右から2列目は寛文5年1665年創業の盛田だと思われます。銘柄は読めませんでした、、、。

7段目一番左「雲龍」は天保10年創業の山星酒造と思われますがこの銘柄はもう作られていないかも、、、。「末廣」は嘉永3年1850年創業の末廣酒造。福島のお酒の飲み比べの時にも紹介しました!

8段目、一番下の段の左端「志ら梅」は岩手県の元禄時代創業の志ら梅酒造と思われますが、詳しいことは分かりませんでした。中央の「力士」は寛延元年創業の釜屋。埼玉県の蔵元で、現在でも「力士」の銘柄は販売してます。その隣「万上」はあのマンジョウ本みりんの万上です。文化11年には販売され大人気になりました。みりんは発売当時は甘いお酒として飲まれていましたが、江戸中期から料理に使われるようになりました。1925年に野田醤油(現在のキッコーマン)と合併され、現在でもマンジョウ本みりんは製造販売されています。

他にも現存する蔵元があるかもしれませんね。あと、読み間違いとか、同じ銘柄で蔵元が違う、とかあったらごめんなさい。そして、江戸の人は本当、酒好きですね〜。とりあえず、あとは味見だけ!どこから試そうか迷います!!