【初心者でも楽しい!浮世絵の見方】北斎漫画に見る『かわいい』と『面白い』の関係〜北斎漫画についてその3〜

【初心者でも楽しい!浮世絵の見方】北斎漫画に見る『かわいい』と『面白い』の関係〜北斎漫画についてその3〜

[Fun even for beginners! How to appreciate Ukiyo-e] The relationship between “cute” and “funny” in Hokusai Manga ~ About Hokusai Manga Part 3 ~

北斎漫画は北斎の技術センスユーモアが詰まっています。今回は『かわいい人』をピックアップしてみようと思います。

初編 お坊さんの真似をしている一般人。大きい口で一生懸命なのがかわいい
三編 お米の収穫。籾殻を取ろうとしているのかな?下の人のザルに入ってないよ、、、。
六編 武術の稽古を見ている人。ふむふむ。頑張ってるな〜。真一文字の口がキュートです。
八編 肩凝ってる?マッサージしてやるよ。う、イテテ!マッサージしている人の満足げな顔がかわいい。
八編 縁台でうつらうつら、、。まんまるお腹が可愛いです。
九編 このくらい重くないよ〜。ヒョイ。ポーズがかわいい。
九編 久しぶりの甲冑だからな〜、どうやって着るんだっけ?体型と甲冑が似合わない、、。


作品を見ているうちに、『かわいい』と感じる人の絵はちょっと滑稽でアンバランスな人だということに気がつきました。人が『かわいい』と感じるものにはどこか『滑稽さ』があるのではないかと思います。バランスが良く美しいと「かっこいい」になるのでやはり滑稽さ、アンバランスさは『かわいい』の一要素であるようです。作品を選んでいて、かわいい人だか面白い人だか分からなくなりました、、、。
唐突ですが、私はモルモットを飼っています。モルモットは極端に足が短くコロコロと太っています。足が長くすらっとしているボルゾイ犬やウマはかっこいいとなりますが、モルモットにかっこいい要素はほぼありません、、、。でもアンバランスで滑稽な姿がたまらなく可愛いのです!

九編 赤ちゃんのお尻。いつの時代も赤ちゃんはかわいい。
十編 みんなで踊っています。お祭りかな。夢中になっててかわいい!
十五篇 提灯をかざしている人。仕草と、ドヤ顔がかわいい。
角隠しをしたお嫁さんをおぶっているのはお婿さん。照れてるお嫁さんと優しい顔のお婿さん。幸せ溢れてかわいい。

北斎漫画は面白い人の絵もたくさんあるので、面白い人とかわいい人の境界線に悩みました。北斎は『かわいい』と思って描いたのか、『面白い』と思って描いたのかは分かりませんが、色々な仕草の人を描いている北斎は人間を愛情を持って観察していたんだろうと思います。

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浮世絵に描かれた江戸時代の相撲

浮世絵に描かれた江戸時代の相撲

Sumo in the Edo period depicted in ukiyo-e

鬼面山谷五郎 出羽海金蔵/葛飾北斎筆(春朗)
江戸時代・18世紀
出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

日本の相撲の歴史は古く、古事記(712年)や日本書紀(720年)の中にも力比べの試合の様子が書かれています。神事や祭りとして行われ、伝統的な武道の一つです。江戸時代も相撲の人気は高く、人気力士の姿が浮世絵に描かれました。その一部をご紹介します。

荒馬・鴻ケ峰/勝川春英筆
江戸時代・18世紀
出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)
谷風・江戸ヶ崎・柏戸/勝川春好筆
江戸時代・18世紀
出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

大きな力士の姿は画面いっぱいに描かれています。現在でも聞かれる名前も見られます。

谷風・瀧ノ音/勝川春英筆
江戸時代・18世紀
出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)
梶浜・陣幕/勝川春英筆
江戸時代・18世紀
出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

両国橋を渡る力士一行。周囲の江戸の人たちよりも倍位大きいですね!浮世絵はデフォルメしていますが、実際に一般の人よりもとても大きかったのでしょう。現在もお相撲さんに会うとビックリするくらい大きいですよね。

両国勧進大相撲晴天大當繁昌之圖/勝川春章筆
江戸時代・18世紀
出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

赤沢山の近隣の武将が狩猟の後に行った余興としての相撲。武士の楽しみです。

赤沢山の相撲 3枚続 左/勝川春章筆
江戸時代・18世紀
出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)
赤沢山の相撲 3枚続 中/勝川春章筆
江戸時代・18世紀
出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)
赤沢山の相撲 3枚続 右/勝川春章筆
江戸時代・18世紀
出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

北斎漫画にも描かれています。お茶目な力士。

北斎漫画 葛飾北斎
The New York Public library digitalcollections

当時、相撲と関係の無い分野でも番付表を作って宣伝をしていました。温泉番付やグルメ番付などなど、こちらは芝居番付。庶民に相撲が人気で番付表は分かりやすく、宣伝に効果的だった証拠です。

芝居番付 寛政七年卯霜月 都座/鳥居清長筆
江戸時代・寛政7年(1795)
出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

木々康子著「春画と印象派〜”春画を売った国賊”林忠正をめぐって」

木々康子著「春画と印象派〜”春画を売った国賊”林忠正をめぐって」

木々康子著「春画と印象派〜”春画を売った国賊”林忠正をめぐって」を読みました。林忠正は筆者の義祖父に当たるそうで、明治時代にパリで日本画を広めた画商です。

印象派の画家達が日本の浮世絵に多大な影響を受け、ヨーロッパの美術界が激変したことを知る人は多いですが、その陰に林忠正(はやしただまさ)という美術商(当時は美術商という言葉は無く、「骨董屋」です)がいたことはあまり知られていません。なぜなら、国の恥ずべき絵画=春画をヨーロッパに持ち出し売った、「国賊」とされていたからです。

「春画と印象派」2015年 筑摩書房

今回読んだ「春画と印象派」では林忠正が「北斎漫画」や「富嶽三十六景」などの有名な浮世絵とともに春画も大量にヨーロッパに輸出し、それが印象派の画家たちに多大な影響を与えた事が書かれています。印象派の画家達は、北斎や歌麿らが描いた春画を見ています。そして春画などの浮世絵を求めるときは林忠正を訪ねました。

当時西洋画で裸の女性を描くときは必ず女神や聖女など、神格化された人でないと描けませんでした。普通の女性の裸体を描くのはいけないことだったのです。ですが、普通の男女や普通の夫婦を描いた春画の影響を受け、マネが「草上の昼食」で普通の女性が裸体でいるシーンを描きました。洋服を着ている男性の横で全裸の女性がいるのは不思議な構図でよく分からないな、と常々思っていましたが、これは西洋の戒律を破る革新的な絵画だったのですね。まあ、全裸の女性にきちっとしたスーツの男性を描くより、春画の方がよほど自然だとは思いますが、、、。

春画の本も沢山出版されています。現在は無修正で出版可能になりました。版画ではなく肉筆の春画もあります。肉筆はさらに美しいです。

また、ヨーロッパはキリスト教の国で戒律が厳しく、特に女性は男性にとって性欲を掻き立てる「」とされていたため、抑圧されていたのに対し、日本の女性の方が自由であり、性=悪ではなかった。そのため春画が描かれ生の喜びが描かれました。(きっとキリスト教圏では悪魔との交わりになってしまったのでしょう、、、。)また、現代は日本と比べてヨーロッパの女性の方が社会的地位が高い人の割合が多いのは、歴史的に抑圧されていた反動からフェミニズム運動が起こり、女性自らの手で地位を獲得した結果です。対して日本の女性は昔から精神的に抑圧されていなかったため、大きなフェミニズム運動が起きにくい、という背景があるということをこの本で学ばせていただきました。

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日本人が浮世絵の価値を理解でなかったために世界に散逸してしまいましたが、林忠正のおかげで世界で日本画と浮世絵が保護されていたのだと思うと林忠正と諸国のジャポニズムコレクターに感謝しか有りません。また、林忠正は数々の日本画とともに膨大な印象派のコレクションもあり、日本で美術館を開きたかったようですが、残念ながらそれが実現することはありませんでした。当時の明治政府の理解が全く得られなかったからです。残念ではありますが、理解を得られない日本に持って帰って来なくて正解だったのかもしれません。

パリ万博でも貢献し、日本美術の素晴らしさを世界に広めたにも関わらず、「国賊」として長らく歴史の闇に葬られていた林忠正の功績はもっと知られるべきだと思います。さらに現在でも春画を展示するのは大変なようで、先日の吉原展でも展示されず、未だ春画の価値が認められないのでしょうか?

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印象派の作家達の時代背景と春画から受けた影響など書かれていて勉強になりました。林忠正は日本の芸術を世界に広め、日本人で初めて世界を相手にビジネスを行った一人であることは間違い有りません。

この本で改めて林忠正の功績を学ぶことができましたが、私が林忠正を知るきっかけになったのは原田マハ著「たゆたえども沈まず」。この小説はゴッホを主役とした話ですが、林忠正との交流が描かれています。こちらは小説ですので、どこまで史実かは不明ですが、あの時代に芸術の中心地パリで活躍した日本人がいるんだ、と衝撃でした。ゴッホの苦悩の人生も書かれているのでおすすめの一冊です。

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大吉原展〜東京藝術大学美術館

大吉原展〜東京藝術大学美術館

東京藝術大学美術館で開催中の大吉原展に行ってきました。

吉原を題材にした絵画を中心に展示されています。浮世絵、肉筆画と充実した展示でした。また、精密に制作された模型も見応えがありました。
特に美しかったのは肉筆画です。吉原というと浮世絵のイメージがあったので、大きなサイズで美しく彩色された作品に魅入られました。看板になっている絵も喜多川歌麿の肉筆画「吉原の花」という作品で、これを見れただけでも行った価値があると思いました。歌麿の作品の素晴らしさを再認識しました。

またこれだけ纏まって吉原の絵画が見られたのも資料的にも面白く吉原の世界を堪能できました。もちろん図録も購入し、今後の活動に活かしたいと思っています。これだけ纏まった書籍ってなかなかないですよね。展覧会の図録はほんと助かります。


良い展覧会でしたが、春画が展示されていなかったのが意外でした。春画展では無いものの、吉原と春画は切り離せないと思うので春画も展示して欲しかった。といっても展示自体が難しいのかもしれませんね。18禁にするなどの配慮が必要になるのかもしれません。芸大美術館という施設ですし、やはりまだまだ春画の展示は難しいのかな。

東京藝術大学美術館公式HP

写真で愉しむ三越アーカイブス

写真で愉しむ三越アーカイブス

1月17日から日本橋三越本館1階中央ホールにて「写真で愉しむ三越アーカイブス」を開催しています。

こちらのイベントでVR江戸時空「日本橋編」を上映していただきました。1月17日〜19日までの3日間でしたがたくさんの方にご覧頂き、ありがとうございました。また、まさにここ、越後屋で上映して頂き感激です!日本橋の方々に見て頂けて本当に嬉しい限りです。

「VRのポップ作る」と言われていたので、え?そんなしょぼいの?って思っていたら、こんな上品なデザインのパネルでした!これはポップじゃ無い、、、。
VRでイベントの様子が見れます!まりんちゃんの振袖姿が可愛い💕

今回の上映会は株式会社EJE様にお任せだったので、VRゴーグルで2席設けている、ということ以外分からず、どのようなイベントでどのように展示されているのか、会場に行くまで知らなかったので、ちょっとドキドキでした。2席だし隅っこの方で地味な展示なんだろう、と思っていたら、中央ホールってあの有名な三越の階段のあるスペースだったんですね。流石の三越!上品で格式高く、驚き、というか感激しました!

越後屋の看板。「現金」ではなく「現銀」なんですね!庶民は銀を使っていた、ってことですね。

メインの展示は三越の歴史を語る浮世絵やポスターなどで、浮世絵好きの私は、まさかここで浮世絵鑑賞ができると思っていなかったのでラッキーでした!さらにテンションを上げながら越後屋の貸傘のレプリカに感激し、明治〜昭和のポスターや雑誌など、貴重な作品を見れて展示会として大満足でした。

越後屋の貸傘。これをお得意様に貸してたんですね。お客にとってはステイタスシンボルです。有名ブランドの紙袋を持つのと同じですね。
江戸時代の浮世絵に描かれた越後屋。
三越百貨店のポスター。一番左の「全館落成」に描かれている場所がまさにここ。歴史を感じます。
「みつこしタイムス」という三越の小冊子です。可愛い!
日本橋三越の建物は重要文化財になっています。大理石には巨大なアンモナイトが!!

明日から展示内容が変わるようですが、とても見応えがあって、良いイベントでした。さすが、本物は違うな。そんなところでVRを上映して頂き本当に感謝です!

歴史CG作家中村宣夫HP
たくさん作品をご覧になりたい方はこちらから。
江戸城、日本橋、長屋、吉原などなどご覧いただけます。

熱海にある美しい美術館 MOA美術館

熱海にある美しい美術館 MOA美術館

この夏、久しぶりに熱海へ温泉旅行に行ったので念願のMOA美術館に!

岩佐又兵衛がある!という事にしか興味が無かったので、どんなところにあるとか良く知らずに行ったのですが、行ってびっくり、というか行く途中でびっくり!!熱海の山の上、しかも温泉街からは細くて急な山道を行かなければならず、、、。クネクネ曲がっているし、少し怖かったです。他のルートもあったのかも知れませんが、温泉街に出るには多分細くて急な坂道を通らないとダメだと思います。熱海が坂の街だから仕方ないですね。安全運転で行きましょう!

肝心の美術館ですが、とても美しい美術館でした。なんと言っても山の上なので眺めが良い!窓からの景色が既に絵画でした。おすすめの観光スポットですね。

鎧塚氏のレストランも入っていて、まさか熱海で、一流パティシエのケーキが食べれるなんて!貴重な体験!美味しかったですよ。

秀吉の金ピカの茶室も再現されていました!

今回の展示は浮世絵で、「北斎 The Great Wave × Digital」を開催していました。という事で、見たかった又兵衛の絵巻は見れなかったのです、、、(泣)。常設展示はしていないんですね。でも又兵衛風の屛風と浮世絵が見れて良かったです。北斎も大好き!

こちらの美術館はお庭も素敵だそうですが、今回は時間がギリギリに入ったので、お庭が見れず、残念でした。

又兵衛かな〜と必死に見たのですが、違うかも。毒さが足りない。
こんな大胆な構図の屏風も好きです
美しい肉筆浮世絵

オマケですが熱海の花火は見事でした!ホテルの屋上から見ました。熱海の街が花火に飲み込まれそうです

熱海の花火大会は有名ですね。夏休み期間は毎週、他の季節も花火大会が開催されているので是非その日に合わせて行きたいです。詳しい日程は毎年変わりますが、下記公式サイトで調べられます。 

あたみニュースHP

また温泉入りに行きたいなぁ~。

MOA美術館公式HP

江戸の小紋集『小紋雅話』

江戸の小紋集『小紋雅話』

山東京伝作の「小紋雅話(こもんがわ)」という小紋の図案集のデータ化を試みました。

「小紋雅話」は寛政二年(1790年)蔦屋重三郎により出版された小紋模様見立絵本です。山東京伝の小紋集は好評だったようで、天明4年(1784年)「小紋栽ざい」、天明6年(1786年)「小紋新法」に続き3冊目に出版されたのがこの「小紋雅話」でした。

江戸の人は洒落好きだったので洒落の効いた風変わりな小紋です。実際にこの柄の着物が作られていたのかは分かりませんが手拭いや小物にするのは楽しそうです。

山東京伝(1761年〜1816年)は年齢的には葛飾北斎の1歳年下浮世絵、読本、絵本の全盛期に戯作者、浮世絵師として活躍しました。浮世絵師としての名は北尾政演。寛政の改革のため、小紋雅話が出版された翌年の寛政三年には洒落本が禁令を犯した罪で手鎖50日の処分を受けています。しかし、その後も蔦屋重三郎と組み、多くの作品を残しました。

小紋雅話』は江戸人の豊かな発想力と笑いを求める明るさ、大らかさが詰まった図案が156案描かれています。その図案を全てベクターデータ化しました。資料が古く鮮明では無いため、私の解釈でのデータとなりますのでご了承ください。順次illustACにて無料配布致しますので是非、風変わりな江戸小紋をお楽しみください。

『天竺にてはかんなクズを見て字を作し、オランダにては牛の涎を見て字をなす。唐の蒼頡(そうけつ)は鶏の足跡を見て、字を作りたると聞ゆ。われはまた犬の足跡を見て梅の花と見たて、書なるか、字なるか。いっこう分からざる物数十を作し、名付けて小紋雅話という。これももんがぁの類いにして、いずれ怪しかるべし。』〜小紋雅話叙

参考資料:「滑稽本集」日本名著全集刊行会刊

ダウンロードはこちらから  → illustAC

個性があって魅力的な日本画の虎

個性があって魅力的な日本画の虎

Unique and attractive tigers in Japanese paintings

日本に虎は生息していませんが、古くから虎の絵は親しまれてきました。今でも、強い虎のイメージそのままに厄除けとして鶴や亀と同様に縁起物の一つです。武士の屋敷では来客者を威嚇するためにも使われたようです。

円山応挙 「虎嘯生風図」天明6年(1786) 絹本着色
東京国立博物館蔵
虎は風を操るといわれているそうで、背景の
カーブは巻き起こした風でしょうか。
ふさふさの毛と柔らかそうな体。モフモフしたいですね。
出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)
熊代 熊斐 「虎図」宝暦12年(1762) 紙本著色
九州国立博物館蔵
南宋画の先駆者、熊斐の作品。
ふさふさの毛とくりくりの目が可愛いです。
出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

虎の実物を見ずに描かれた日本画の虎はちょっと微妙です。写実的絵画が得意な応挙でさえ、微妙です。日本人にとっては空想上の動物と同じだったのかもしれませんが、猫科の動物と知っていたから、ちょっと猫っぽく可愛くなってしまったり、、、。空想上の動物の龍は大体かっこいいですけどね、、、。でも見ることが出来なかったからこそ、絵師による工夫がされていて、色々な虎がいるのが面白い個性が発揮されています。いろんな顔していて、迫力があるものから、可愛い虎まで、こんなコがいた!って感じで楽しめます。

伊藤若冲 「虎図」 絹本着色 一幅 プライスコレクション 
朝鮮の虎図を模写した作品
朝日新聞出版 「若冲への招待」より
伊藤若冲 「虎図」 紙本墨画 一幅 石峰寺蔵 
可愛い虎。動植物を愛した若冲の優しさあふれる作品。
実物を見たらどんな虎を描いたのでしょう。
朝日新聞出版 「若冲への招待」より
渡辺崋山 「猛虎図」 天保9年(1838)絹本墨画淡彩 
平野美術館蔵
田原藩の三千両もの借財の代わりに三河国前芝の加藤家に送られたと伝えられる「三千両の虎」と呼ばれた作品。
新潮日本美術文庫「渡辺崋山」より
渓斎英泉 「月に虎」19世紀 大短冊判 錦絵
虎は夜行性なので月とともに描かれることが多いそうです。
東京国立博物館蔵
出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)
葛飾北斎 月みる虎図 天保15年(1844年)
紙本一幅 島根県立美術館蔵
85歳晩年の作品。可愛い夢見る虎ですね。
新北斎展(2019年)カタログより

トラは元々アジアに広く分布している野生動物です。インド、東南アジア、中国、朝鮮半島からロシアまで生息域がありますが、ここ100年で激減して、絶滅危惧種になってしまいました。と言われても、日本とは関係ないんじゃない?とは認識不足でした。虎は漢方薬として使用されていたため、近年まで密輸されていたようです。昔、虎の敷物なんてものもありましたよね。

もちろん世界的に現在はトラの狩猟は禁止されていますが、密猟は今でもどこかで行われているそうです。ということは高値で買い取る商人がいるということ。そしてそれを買う客がいるということです。自然環境の変化も激減の一因ではあるようですが、ほとんどが人間の仕業です。ということは人間が救うことも出来るわけですね。地道な保護活動をされている現地の人には頭が下がります。詳しくはWWFのHPをご覧ください。

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江戸の日本酒双六『新撰銘酒寿語禄』に載っている老舗は残っているのか探してみた

江戸の日本酒双六『新撰銘酒寿語禄』に載っている老舗は残っているのか探してみた

I tried to find out if the long-established sake breweries listed in the Edo-period sake sugoroku “Shinsen Meishu Jugoro” still exist.

ざっと75個もの酒樽が並んだこちらの絵は江戸時代末の江戸で愛された銘酒双六です。日本酒老舗探しには格好の資料!と言うことで調べてみました!

双六なので、右下の樽が「振り出し」。中央の、「一御酒百駄」が「上がり」です。江戸時代の双六は、どうやって遊ぶの?ほんとにこれで遊んでたの?って思いますが、とりあえず、デザインとしてこの双六の形態が好まれたことは確かなようですね。

新撰銘酒寿語禄
江戸時代末期 作・梅素亭玄魚
縦71.0㎝×横75.0㎝

右端の提灯に「下り酒問屋」左の提灯には「地回り酒問屋」と書いてあります。下り酒は、関西地方から船で下って江戸に入る酒地回り酒は江戸近郊の陸路で江戸に入る酒の事です。上に松飾りがあるので、正月に酒問屋が宣伝用に配ったのかもしれません。

この75樽の中から、現在も残っている酒蔵はどれくらいあるのかな〜と調べてみました。双六なのでどうやらこの樽のは酒の名前ではないのかも?というものもあるし江戸の文字は読めないし、苦戦しました。ネットでの検索なので定かではありませんが、22銘柄、見つけました。

一番上右の「正宗」と「江戸一」は1625年創業の桜正宗の銘柄です。「正宗」は清酒の代名詞でした。左から3列目の「旗頭」は文政元年1818年創業の黄金色酒造と思われますが、こちらは焼酎なんですね。焼酎も美味しい。その隣「龍神」は群馬県の龍神酒造と思われますが、蔵元の詳しいことが分からなかったのですが、お酒は美味しそうです〜。

上から2段目右から3列目の「寿海」は沢の鶴で1840年頃から作り続けている銘柄だと思われます。『♪さわ〜あの〜つ〜る〜』のCMでお馴染みですが老舗だったんですね。その隣の「日本橋」(橋が絵になってます)は1805年創業の横田酒造。埼玉県です。「日本橋」の銘柄は創業者が日本橋の酒問屋で働いていたところから付けられました。左から4番目「白鹿」は寛文2年1662年創業辰馬本家酒造です。江戸時代の看板に「宜春苑 長生自得千年寿 白鹿」と書かれていたそうですが、ここにもそのままのコピーが書かれています。

上から3段目左から4列目の「福寿1751年創業の神戸酒心館で13代にわたりこの銘柄を作り続けています。すごい!同じく3段目の右から2番目「高砂」は1830年創業の富士高砂酒造と思われます。

4段目、一番左「岸の」は1789年創業の井上酒造と思われます。左から2列目は「剣菱」ですね。このマークは目立ちます。企業マークの重要性を感じます。現在も現役バリバリですね。その剣菱の一つ飛ばして右は「相生」は岩手県の1829年創業、わしの尾酒造。

5段目中央、上がりの下の「白雪」は天文19年1550年創業の小西酒造です。清酒発祥の地、伊丹にあり、現存する最古の清酒銘柄です!隣の「丹頂」は沢の鶴にこの銘柄のお酒があるので、沢の鶴でしょうか。その隣「」は寛保3年1743年創業のおなじみ、白鶴です。さらにお隣、右から2番目「鶴齢」(鶴が絵です)は享保2年1717年創業の青木酒造。コメどころ新潟県魚沼です。

6段目右から2列目は寛文5年1665年創業の盛田だと思われます。銘柄は読めませんでした、、、。

7段目一番左「雲龍」は天保10年創業の山星酒造と思われますがこの銘柄はもう作られていないかも、、、。「末廣」は嘉永3年1850年創業の末廣酒造。福島のお酒の飲み比べの時にも紹介しました!

8段目、一番下の段の左端「志ら梅」は岩手県の元禄時代創業の志ら梅酒造と思われますが、詳しいことは分かりませんでした。中央の「力士」は寛延元年創業の釜屋。埼玉県の蔵元で、現在でも「力士」の銘柄は販売してます。その隣「万上」はあのマンジョウ本みりんの万上です。文化11年には販売され大人気になりました。みりんは発売当時は甘いお酒として飲まれていましたが、江戸中期から料理に使われるようになりました。1925年に野田醤油(現在のキッコーマン)と合併され、現在でもマンジョウ本みりんは製造販売されています。

他にも現存する蔵元があるかもしれませんね。あと、読み間違いとか、同じ銘柄で蔵元が違う、とかあったらごめんなさい。そして、江戸の人は本当、酒好きですね〜。とりあえず、あとは味見だけ!どこから試そうか迷います!!

遊郭について〜その6〜岡場所

遊郭について〜その6〜岡場所

吉原遊廓は政府公認の遊郭でした。しかし吉原以外の政府非公認の遊里(売春街)も多数存在していました。風紀が乱れることから幕府が吉原1箇所に集めて取り締まろうとしたようですが、実際には幕府の取り締まりは緩く、各所に「岡場所」と言われる遊里が存在していました。この「岡」は非公認という意味で、「岡っ引き」の岡も同様で非公認だったそうです。

「深川樓」鈴木春重 江戸時代・18世紀 中判 錦絵
二人が遊女なのかちょっと分かりませんが深川の宴会に出向く美女。宴会をしている男が障子の穴から覗いているのが、この後の展開を暗示しているようです。
右の女性だけ草履を履いているのは何故でしょう??日本人だよね〜。と思ったら、吉原でも花魁は室内用の草履を履いたそうです。スリッパみたいな感じですね。ファッション的な意味でしょうか。

ちょっと話は外れますが、普段から庶民に対する幕府の取り締まりは緩かったようで、幕府から何か法度が出ても「三日ぐらい守っていればいい」なんて言う、「三日法度」なんて言葉がありました。

吉原について〜その5〜吉原のしきたり」で詳しく説明していますが、吉原は遊女に階級があり、しきたりも多く、何よりも高級なので庶民はなかなか通えない場所でした。そうなると、街中にある岡場所が繁盛します。一晩を四つに区切るなどして多くの客を取っていたようです。枕代は五十文や百文で、現代だと数千円といったところでしょうか。吉原だと数十万は掛かりますから、庶民でもかなり気楽に通えた場所なのでしょう。

最盛期には200ヶ所数千の遊女がいました。江戸市中の深川と、江戸市外の品川・新宿・板橋・千住の四宿が代表的ですが、四宿は江戸市外なので、江戸市中では深川が一番繁盛し、吉原のライバル的な存在でした。深川には10ヶ所点在して岡場所があり、宴会も開かれ、深川芸者(辰巳芸者)が有名になりました。(深川芸者については吉原芸者VS柳橋辰己芸者→深川芸者 をご覧ください。)

その他に、寺社地内は町奉行の取り締まり外になるので大きな寺社の門前水茶屋には遊女がいました。バチ当たりだな〜、と思いますが、寺と神社が同じ敷地にあるし、さらに門前に水茶屋があって、江戸の人って、、、。幕末に日本を訪れた外国人が日本は性に奔放だ、と言っていましたが、性がタブー視されるようになったのは明治以降にキリスト教的(西洋的)な考えが普及してからなので、本当、艶っぽい話題には事欠きません。

『実見録画』より「長家女郎に船饅頭」長谷川深造 幕末期 
長家女郎は下級の遊女のこと。岡場所は長屋風の作り。
昔の時代劇にあるように、「お兄さんちょっと寄って行きなさいよ」と声をかけていました。船饅頭は船で客を取る遊女。この絵では一つの船にたくさん遊女を乗せて、客が待っている船に出向く時の様子。遊女の船に客を呼ぶこともある。川と水路が張り巡らされた江戸で船は重要な乗り物ですが、こんな所でも活躍。

寛政年間には53ヶ所、天保年間には28ヶ所の岡場所がありましたが、寛政と天保の改革で厳しく取締りがあり、遊女は吉原に引き渡されて市内の岡場所はなくなりました。

岡場所以外に、街角で立って客を呼ぶ「夜鷹」や船に客を呼ぶ「船饅頭」、尼(比丘尼)の格好をした「比丘尼」(そのままの呼び名ですが、、、)などの私娼も多くいました。

吉原の構造や遊女の話など詳しくはは下記ページをご覧ください

吉原のはなしはこちらから
遊郭の成り立ち、構造から花魁の生活、そこで働く人などなどCGと共に紹介します。