渡辺崋山

最近、美術館に行っていないせいか、歴史書に寄りすぎて美術書をあまり見なかったせいか、禁断症状(?)になり、名画集を眺めていまして、すごい絵は沢山ありますが、その中でも特異な存在、渡辺崋山をご紹介します。渡辺崋山は1840年台前半に活躍した絵師です。

寛政5年(1793年)田原藩(現在の愛知県渥美郡)の藩士の長男として生まれました。父が江戸詰だった為、江戸の半蔵門外にあった田原藩上屋敷内の長屋の中で生まれたそうです。武士の長屋もあったの?とちょっとびっくり。士農工商からすると一番身分は上ですが、経済的には商人の方が豊かだったかもしれません。父が病弱だったこともあり、武士ではありますが、生活は厳しく、そのために画業に励み、絵師としても活躍していました。

師匠は町絵師の白川芝山、その後、金子金稜と谷文晁に支持しています。年齢的には北斎よりも33歳年下です。と言っても北斎の影響がある絵には見えませんね。

鷹見泉石像 国宝 渡辺崋山筆 天保8年(1837) 絹本着色 
国立博物館蔵
国立博物館でこの作品を見てショックを受けました。
出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

渡辺崋山といえば肖像画、というくらい名作が多く、この時代にこんな作品を描いた人がいたのかと衝撃を受けます。日本画よりも西洋の水彩画に近いのでは?と思ってしまいます。デッサンも多く残っているようですが、これも江戸の人が描いたとは思えない。リアルで、柔らかく美しいタッチに心洗われます。西洋画に親しんでいる現代人には彼の作品は親しみやすいかもしれませんね、、、。

ヒポクラテス像  重要美術品  1幅  天保11年(1840)  
絹本墨画淡彩
 瞳の輝きとかまるで油絵のようです。
出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

もともと武士の身分で絵師になった人は結構いますが、渡辺崋山は本業はキッチリ武士です。幼少期から藩主の御伽役を任されるのに始まり、田原藩の役職をこなしています。儒学も学び、できる人だったようです。俗に「三千両の虎」と言われた「猛虎図」は藩の借財の代わりに渡されたそうで、1枚の絵で三千両の借金チャラ。すごいな。そんな人だったからでしょうか、身に覚えの無い罪で投獄、謹慎処分になり、最後は自決しました。天保11年(1841年)49歳のことです。ちなみにこの時、北斎は81歳。北斎はこの後もバリバリ肉筆画や北斎漫画なんかを描いていたのを思うと、崋山ももっと名作を残せただろうに残念です。

市河米庵像  重要文化財 1幅
縦:124.2cm 横:59.1cm
京都国立博物館蔵
出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)
市河米庵像の下絵です。
江戸の絵師と思えない、、、。
出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

三十六歌仙額

先日、「埼玉県立歴史と民俗の博物館」に、岩佐又兵衛勝以の「三十六歌仙額」(重要文化財)を見に行ってきました!9月から3期に分けて展示されていたのですが、色々スケジュールが合わず、やっと最終日の前日に行けました。

この作品は川越市仙波東照宮所蔵の作品ですが、保存の為と思われますが、現在は県の博物館に収蔵されています。思ったより博物館が遠かったので、川越の博物館に置いといてよ〜、自転車で行けるのに〜、とちょっと文句言いつつ、始めて「埼玉県立歴史と民俗の博物館」に行きました。埼玉なのに、結構ちゃんとした博物館で埼玉県で出土された品を展示してあり、日本の歴史の中の埼玉地方の関わりなどわかりやすく展示してありました。

埼玉県立歴史と民俗の博物館の展示リーフレットより
裏に署名があります

お目当ての「三十六歌仙額」は美術展示室にあり、1点づつはそんなに大きくないのですが、ガラスケースの手前に斜めに展示されていて、非常によく鑑賞出来ました。ガラスケースの奥の壁に展示されているだろうと予想して行ったので、嬉しかった!まじまじと手に取れるくらいの距離で見られるのは貴重です。ガラスにへばりついて見てきました。

この作品は、川越の喜多院の隣にある仙波東照宮が寛永15年(1638年)の火災で消失したため、三代将軍家光の命で拝殿が再建され、そこに奉納するために制作されました。寛永17年6月17日に拝殿が落成しているのでその年1640年の作ということになります。又兵衛、忙しかったのか、ギリギリまで仕上がらず、脅迫めいた催促の手紙が残っているようです、、、。なんか人間味があって良いですよね。

1640年の作品ですし、仙波東照宮も結構ボロい、いや、古いので作品も痛みが激しいかと思いきや、とても綺麗でした。380年経ってますし、しかも神社の拝殿にあったものなのに保存状態は良好でした。とても美しいですし、細かいデイテールもはっきり残っていて、見応えがありました。今回は36作品のうちの三分の一しか見れなかったので、次回展示される際にはまた行きたいと思います。

岩佐又兵衛は、6月18日に書いたブログ「洛中洛外図屏風(舟木本)」に詳しく載せていますが、波乱の人生だった為か、死後、浄瑠璃の作品になったりして、ほぼ伝説の「浮世又兵衛」という画家が出来上がってしまい、実在の人物だったのか、架空の人物なのか謎に包まれていましたが、明治19年(1886年)に仙波東照宮の宮司が拝殿に飾られていたこの作品に「寛永拾七年庚辰年六月十七日 絵師土佐光信末流岩佐又兵衛尉勝以図」と記入されているのを発見し、その存在の謎が解かれるきっかけになりました。

ということで、岩佐又兵衛を知るには重要な作品に出会うことが出来てよかったです。ますます又兵衛を知りたくなりました!

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