浮世絵に描かれた「剣菱」

浮世絵に描かれた「剣菱」

“Kenbishi” sake depicted in ukiyo-e

最近次男と晩酌をしておりまして、、、日本酒が飲みたいというので「剣菱」買ってきました。お酒は好きですが、今まで日本酒は苦手で、あまり飲んで来なかったのでどの銘柄が美味しいか、とか分からなかったのですが、流石に「剣菱」は有名なので聞いたことがあるし、一度飲んでみよう、と購入しました。

500年もの歴史を持つ「剣菱」。浮世絵にも描かれていて、江戸の人にも愛飲されていたようですね。そのお味は、美味し〜!やっぱり美味しくなきゃ、500年も続かないよな〜、間違いない。意外に飲みやすくて日本酒って美味しいんだ〜と実感。甘すぎず、辛すぎず、ちょどう良い感じ?(語彙力が、、、ソムリエにはなれないな、、、。)日本酒って甘いのから辛いのまで味に幅がありますが、剣菱はバランスがよかったです。(単なる好みかもしれませんが)

江戸の人たちも美味しいもの飲んで、江戸前の新鮮で美味しい魚を食べて、、、羨ましい〜!

現在は兵庫県神戸市に剣菱酒造の蔵元がありますが、江戸時代には、伊丹で作られていたそうです。そこから江戸まで運ばれたんですね。当時の流通が発達していた証でもあります。歌川広重や渓斎英泉の浮世絵に剣菱の酒樽を担いで日本橋を渡る様子が日本橋の風景として描かれています。その酒樽は小売りの酒屋に運ばれ、徳利や角樽などに移して売っていました。江戸ではそう言った酒屋を「枡酒屋」と呼んでいました。当時の酒屋を描いた読本にも剣菱のマークの入った樽が描かれています。

喜多川歌麿「名取酒六家選 兵庫屋華妻 坂上の剣菱」(メトロポリタン美術館蔵)
お酒の広告に美人は昔からの定番です。

歌麿の浮世絵には名酒として描かれているので、やはり当時から愛されていたんですね。

鬼滅の刃テレビアニメ再開!無限列車編

10月10日からフジTV系で、10月16日からMXTV他から、鬼滅のテレビシリーズが始まりました!待っておりました!

第1話目は無限列車に乗る前日の煉獄杏寿郎さんの話でしたね。アニメオリジナルの話で面白かったですね。煉獄さんの豪快、明朗、最強がよくわかるエピソードだったと思います。是非今後も他の柱のオリジナルエピソード、見たいです。来週から始まる無限列車編も映画とどこが違うのかとかじっくり比べながら見たいですね!

江戸時代の屋敷のCGがアニメとなって炭治郎たちが活躍しているのを見るのは感慨深いです。生きてる感じがしますね。アニメを制作しているスタッフの方々の労力に頭が下がります。無限列車編から遊郭編まで毎週楽しみ!。

ドバイ万博にて中村宣夫の作品が展示されました

ドバイ万博にて中村宣夫の作品が展示されました

本日10月1日から半年間、UAEのドバイで国際博覧会が開催されます。こちらの日本館で歴史CG作家中村宣夫の江戸の街並みのCGが使用されています。

出会いの歴史としての文化」というフロアで、日本文化と歴史を大型スクリーンで紹介する映像に使用して頂きました。非常に美しく、惹き付けられる映像に仕上がっています。これこれ、あのスポーツイベントの開会式もこんな感じが欲しかったのよ〜、って思ってしまいました。

是非見に行きたいところですが、コロナに加えて遠すぎる(泣)!UAEやその近くの方、はるばる日本から観に行かれる方、いらっしゃったら是非日本館にお立ち寄りください。

日本文化を最新のテクノロジーを駆使して魅せているようです。公式HPの映像を見ると、大阪万博も楽しみになってきます。

歴史CG作家中村宣夫HP
たくさん作品をご覧になりたい方はこちらから。
江戸城、日本橋、長屋、吉原などなどご覧いただけます。

2021年、新たに国宝指定された作品が意外だった

2021年、新たに国宝指定された作品が意外だった

The new works designated as national treasures in 2021 were surprising

7月16日に皇居にある『三の丸尚蔵館』に収蔵されている作品5点が国宝指定されることになったそうです。っていうか、国宝じゃなかったんだ!ってビックリするような名品ばかりです。

狩野永徳「唐獅子図」、伊藤若冲「動植綵絵」、教科書で見た元寇の様子を描いた「蒙古襲来絵詞」、鎌倉時代の絵巻「春日権現験記絵」、平安時代の書家小野道風の「屏風土代」。

伊藤若冲「動植綵絵」群鶏図 一幅絹本着色 宮内庁三の丸尚蔵館

これらの作品が国宝になっていなかったのは驚きですが、天皇家が継承し、現在は宮内庁によって確実に保護されたいたため、国宝や重要文化財の指定をしてこなかったそうです。へ〜、そうなんだ〜。

国宝や重要文化財って単に美術的、文化的価値を評価しているだけでなく、その保護、文化財の鑑賞機会の拡大なんかのために補助をしているので、宮内庁管轄の尚蔵館にあれば、国が補助しなくていい、って事だったんですね。国宝指定された後も、管理は変わらないそうですが、一般人にしてみたら、やはり「国宝」と言われると、ありがたく感じます。とりあえず1回は見ておこう、と思っちゃう。広く作品を鑑賞してもらう機会になるので国宝指定は良い事ですね。今後も尚蔵館に収蔵されている作品が国宝や重要文化財に大量に指定されて行きそうです。

きっとコロナがおさまったら、尚蔵館で国宝展が開かれる!のを信じて楽しみにしています!でも絶対激混みだろうな〜、、、。

3DCGで見る『自身番』と『木戸番』

3DCGで見る『自身番』と『木戸番』

6月11日に投稿した「日本橋駿河町三井越後屋呉服店」にもちょろっと出てきた自身番と木戸番ですが、これはもっと近景のCGです。

右側の小屋が木戸番。その名の通り、町の入り口の木戸を開け閉めする人が詰めている場所でしたが、徐々に木戸を閉めることがなくなり、雑貨屋などを営んでいました。このCGにも木戸は無いですね。現代のコンビニのように様々な生活雑貨を販売していました。

左側の小屋は自身番。街の有力者が詰めて街の管理(自治)をしていましたが、その後、人を雇って管理させていました。書役と定番という事務をする人、小間使いの番人(番太郎と言ったそうです)ら、通常3〜5人が詰めていて、非常時には6〜7人がいました。

番太郎はこの小さな木戸番小屋に住んでいました。昼夜、街の警備や火の用心に当たるほか、罪人を先ず自身番に繋いで罪状を問う取り調べなどもしていました。自身番の上には火の見櫓があり、火事が起こったときはその鐘を鳴らしてみんなに知らせました。
当然、給金も支払われていて、忙しい街では結構な金額がもらえたとか。

幕府から庶民へ通達があるときは、町奉行→町年寄→名主→自身番と伝わり、自身番の前に掲示して庶民へ伝えられました。

でも普段は平和な江戸。「自身番将棋」という言葉があって、自身番で暇潰しにやる将棋のことから転じて、「ヘボ将棋」の事を言ったそうです。町の騒動は滅多に起こらないから、呑気に将棋を指していたんでしょうね。

歴史CG作家中村宣夫HP
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【初心者でも楽しい浮世絵】可愛い!!浮世絵師・歌川国芳の金魚

【初心者でも楽しい浮世絵】可愛い!!浮世絵師・歌川国芳の金魚

[Fun Ukiyo-e for Beginners] Cute! Goldfish by Ukiyo-e artist Utagawa Kuniyoshi

歌川国芳は江戸時代の後期、19世紀に活躍した浮世絵師です。人柄は北斎とは全く違うタイプで、チャキチャキの江戸っ子、親分肌だったようです。

金魚づくし・さらいとんび
歌川国芳筆  江戸時代・19世紀  中判 錦絵

国芳は動物の絵を多く描きました。猫好きで冬には懐に入れて暖をとっていたとか。猫の絵を沢山残していますが、私が好きなのは金魚の絵擬人化されていて、金魚が子供おぶっていたりとか、シャボン玉吹いていたりと、鳥獣戯画を彷彿とさせる茶目っ気たっぷりの浮世絵は4コマ漫画のようで楽しい。

金魚づくし・玉や玉や
歌川国芳筆  江戸時代・19世紀  中判 錦絵
出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)国立文化財機構所蔵品統合検索システム

北斎の次の世代なだけあって、肩の力が抜けてる感じで自由さというか大らかさを感じます。

金魚づくし・百ものがたり
歌川国芳筆  江戸時代・19世紀  中判 錦絵

3つ目の金魚の絵は猫との共演ですね。完全にロックオンされちゃってます。棒で立ち向かおうとしている金魚が健気で可愛い。右の方にはパニックになって折り重なっている金魚もいますね。「百物語」だから猫は妖怪の役割?自身作の「相馬の古内裏」のパロディかな?

実は私のMACのデスクトップ3は国芳の金魚です。ちなみにデスクトップ1は北斎、2は白隠、サブディスプレイはこれも国芳の鯨退治。まあ、データ開くと見えなくなっちゃうんだけどね。

世界ふしぎ発見!でCG江戸城が放送されました。

世界ふしぎ発見!でCG江戸城が放送されました。

先週の土曜日6月19日放送の「世界ふしぎ発見!歴史を変えた名城スペシャル」で家康が作った江戸城の再現CGが放送されました!

江戸城の初代天守と五連続枡形虎口のCGです。番組でも紹介されていましたが、城の作りからその時代背景を窺い知ることができておもしろいですね。戦乱の世だからこそ作られた、大きな天守閣と敵を欺き攻撃するための仕組み。

五連続枡形虎口は5重に門を配置し、門と門の間に敵を閉じ込め攻撃します(これを「江戸返し」というそうです)。鉄壁の防御ですね。また、高さ約68m(推定)の大天守1つに小天守が2つある連立式天守は漆喰で真っ白に塗られ美しく、徳川の力の象徴でした。逆に泰平の世になってからは天守閣は再建されなかったことが、江戸時代の平和の象徴になりました。

家康の頃の大きな天守が現存していたら、どんな感じだったのかと想像を巡らさずにはいられませんよね。現在の丸の内ビル群の中にそびえていたら、堂々とした佇まいに威圧感を感じるのでしょうか。それとも高層ビルに埋れてしまっているのか、、、。

私は当時から残っている国宝の城は松本城しか見たことはありませんが、その重厚感と迫力、美しさは格別です。江戸城はその何倍ですので現代の大都会の真ん中でもきっと美しく威厳を持って鎮座していたでしょう。

歴史CG作家中村宣夫HP
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激動の時代を生きた岩佐又兵衛の描いた「洛中洛外図屏風(舟木本)」

激動の時代を生きた岩佐又兵衛の描いた「洛中洛外図屏風(舟木本)」

“Rakuchu Rakugaizu byobu (Funaki version)” painted by Iwasa Matabei, who lived in a turbulent era

安土桃山から江戸時代にかけて活躍した画家、「岩佐又兵衛」は別名「浮世又兵衛」と言われています。浮世絵の祖という説もある画家です。と言っても版画家ではなく肉筆画を描いていたのですが、その人物画が当時の風俗を生々しく描いていたからその様に言われています。

洛中洛外図屏風(舟木本) 岩佐又兵衛 17世紀前半 六曲一双 東京国立博物館 右隻

その人生は、大河ドラマにしたら面白いんじゃない?というほどドラマチック。戦国の世、信長の配下にあった有岡城主荒木村重(摂津国、現在の兵庫県)の子として生まれたのですが、村重は信長に反旗を翻した為、信長により有岡城攻めにあいます。しかしなんと、村重は側近とともに逃走、毛利の庇護下に。有岡城は陥落し、村重が信長の出頭命令に従わなかった見せしめとして、家臣ら500人が焼き殺され、さらに一族の者たち30名が京都へ護送され六条河原で処刑されました。産まれて間もない又兵衛は城から乳母の手によって救い出され西本願寺にかくまわれて命を取り留めました。その後どのように画家への道に進んだのかは不明ですが、京都、福井、江戸とパトロンを変えながら各地を転々としていたのはその生い立ちのせいかもしれません。また表現の生々しさにも影響しているのでは、と言われています。


洛中洛外図屏風(舟木本) 岩佐又兵衛 17世紀前半 六曲一双 東京国立博物館 左隻 
出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)国立文化財機構所蔵品統合検索システム

この作品は大阪夏の陣の始まる前頃の作と思われるので、京都にいた時代の作品と思われます。洛中洛外図は京都の文化、賑わいが描かれ、地図の要素もあるのでその時代を知る手掛かりになります。右隻の右端に見える大きな寺院は方広寺の大仏殿(現在は大仏殿跡と石塁及び石塔が残されています)、左隻の左端のお屋敷は二条城です。

又兵衛の作品の魅力は人物描写です。たくさんの人々が描かれ、一人一人が躍動している。遊び、踊り、喧嘩をし、エネルギーを放出しています。当時の喧騒が聞こえてきそうです。

びっしりと描かれた細密描写はじっくり見ると宝探しのようで楽しいです。東京国立博物館で鑑賞した時はガラスケースの内側にあり、照明も保護のために暗めなので、目の悪い私は良く見えなくてがっかりでしたが、、、。

拡大してある図版は祇園祭の母衣武者行列の様子です。「母衣(ほろ)」とは竹籠などでふくらませた布のことで、騎馬武者が背負い、後方からの矢よけなどにした指物(さしもの)の一種です。戦国時代、母衣を着用して大将に近侍し、伝令などに戦場を駆け巡った“母衣(掛/懸)武者”は、軍団のエリート集団でした。また母衣武者行列は京都・祇園祭りをはじめ、全国の祭礼にも見られます。(高岡市立博物館HP参照)拡大してみると、一人ひとりの表情や動きも違くて、祭りに興じている様子が生き生きと描かれていて夢中で見ていられます。

CGで見る日本橋駿河町三井越後屋呉服店

CGで見る日本橋駿河町三井越後屋呉服店

駿河町(するがちょう)は現在の日本橋辺りです。現在その地名は失われ東京都中央区日本橋室町となっています。(少し話は江戸から逸れますが、古い地名をなぜ変えてしまうのでしょう。地名には歴史があるのに、再開発とかでその地名まで変えてしまうと、その土地に対する愛着というか思い入れが薄れてしまうのに、、、といつも思います。)この場所から富士山(駿河国)が美しく見えたことから駿河町となったようです。駿河国は徳川家ですね。ということは家康の住う江戸城からも当然見えたわけで、毎日故郷を眺めていたのでしょうか。

一日三千両の落ちどころ 昼の駿河町

この作品の視点は現在の室町二丁目の交差点、千葉銀行がある場所から、三井住友信託銀行と三越百貨店を眺めています。左側が三井越後屋両替店、右側が三井越後屋呉服店です。現在とは位置が逆です。さすがの大店、今も当時も一等地に、大きな店構えです。

ご存知の通り三井越後屋は現在の三越百貨店です。当時の高級呉服店は客の屋敷に出向いて商売していましたが、三井呉服店は店で反物を選び、裏で職人がすぐに着物に仕立てました。江戸時代でも、スピード感があり、手軽に買い物できるのは喜ばれたんですね。また、当時はいわゆるツケでの支払いが主流だったのを現金で商売をしました。ツケで払うと金利がかかり、高値になるので、商品と交換に現金で支払えばその分安く済みます。また、反物は1本丸ごと売るのが当たり前でしたが、反物の切り売りを始めたのも越後屋。革命的な商売を始めてここまでの大店になったわけです。2階の窓の格子窓も手が込んでいますし、店の前に立っている看板も大きく、繁盛の証です。

越後屋の手前の小屋は右が木戸番、左が自身番です。木戸番はその名の通り、町の入り口の木戸を開け閉めする人が詰めている場所でしたが、徐々に木戸を閉めることがなくなり、雑貨屋などを営んでました。自身番は街の有力者が詰めて街の管理(自治)をしていましたが、その後、人を雇って管理させていました。交番の前身になりました。

左端にいる、樽を下に置いて何やらやっている男の人はべったら漬け売りです。べったら漬けは東京(江戸)の名産品です。大根の麹漬けで甘しょっぱくて、乳白色の柔らかい漬物です。周りに甘酒の麹が付いていて、それがベタベタするので「べったら」漬け。子供の頃大好きでした!思い出したら食べたくなってきちゃった。

歴史CG作家中村宣夫HP
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江戸城、日本橋、長屋、吉原などなどご覧いただけます。