「夕もやが柳をほのかにぼかし、黄昏燈(たそやあんどう)に火をつける頃になると、各楼の美しいともしびは星のように輝き、絃声(すががき=三味線の音)が聞こえてくる。」と寺門静軒の『江戸繁盛記』にあります。イルミネーションが無かった江戸の夜に、行燈の火で明るく輝き、三味線の音が流れ、妖しい雰囲気を醸し出す吉原が目の前に広がるようです。
そんな吉原には色々なしきたりがありました。吉原は疑似恋愛をする場所なので、廓のしきたりに則って手順通りに進めねばなりません。当然費用も嵩んで行きますし、そんなに簡単に遊べる場所では無かったのです。
まずは遊郭に行って一般の客は直接妓楼の張見世でお気に入りの花魁を見つけますが、お金持ちの上客は引き手茶屋を通します。この引き手茶屋は予算や好みを聞いて、お客にあった花魁を紹介してくれる茶屋ですが、話を聞いてすぐ紹介、という訳には行きません。茶屋ですのでここで酒宴をあげ、花魁が迎えにきてくれます。
茶屋を通しても通してなくても、花魁を一目で気に入ったからと言ってすぐに床を共にはできません。なんと、3回通わないといけないのです。まず1回めは「初会(しょかい)」です。「引付座敷」というところに通され、酒宴で花魁に出会います。上座は花魁。初めて会ったのですから、床入りしても触れることも叶わない。でもこの酒宴代ももちろん客持ちです。
2回目は「うら」と言われ、1回目と同じように酒宴となりますが、少し親しさを見せてくれます。3回目でようやく馴染みの客となり、床入りできますが、今度は「床花(とこばな)」と言われるチップをはずまなかればなりません。
さらにその後も他の花魁と遊ぶことは厳禁。吉原では花魁が最上位ですから、花魁の機嫌を損ねてはいけません。また年中行事が多く、正月松の内をはじめとして花見や月見など毎月、吉原独特の祝い日などの「紋日(もんび)」を設けていました。いわゆるイベントデーでこの日は揚代が倍になりました。この日にお客がいないのは花魁の恥になるので、馴染みの客は足を運びます。というとまた費用が、、、。その他もろもろ、上位の花魁だと一回の揚代(1日の全ての料金)で職人の日当数ヶ月分になるそうなので、だいたい、百万円ってところでしょうか。これでは身代を潰す者が出てきても不思議ではありません。それでもハマってしまう人がいるのですから魅力的だったのでしょう。もちろん花魁も上客が離れないように努力は惜しみません。芸を磨いたり知性やテクニックを磨いたり。さらにお客の名前を刺青したり、小指を落として送ったり、、、。やはり色々別世界。