I tried to find out if the long-established sake breweries listed in the Edo-period sake sugoroku “Shinsen Meishu Jugoro” still exist.
ざっと75個もの酒樽が並んだこちらの絵は江戸時代末の江戸で愛された銘酒双六 です。日本酒老舗探しには格好の資 料!と言うことで調べてみました!
双六なので、右下の樽が「振り出し 」。中央の、「一御酒百駄 」が「上がり 」です。江戸時代の双六は、どうやって遊ぶの?ほんとにこれで遊んでたの?って思いますが、とりあえず、デザインとしてこの双六の形態が好まれたことは確かなようですね。
新撰銘酒寿語禄 江戸時代末期 作・梅素亭玄魚 縦71.0㎝×横75.0㎝
右端の提灯に「下り酒問屋 」左の提灯には「地回り酒問屋 」と書いてあります。下り酒は、関西地方から船で下って江戸に入る酒 、地回り酒は江戸近郊の陸路で江戸に入る酒 の事です。上に松飾りがあるので、正月に酒問屋が宣伝用に配った のかもしれません。
この75樽の中から、現在も残っている酒蔵はどれくらいあるのかな〜 と調べてみました。双六なのでどうやらこの樽のは酒の名前ではないのかも?というものもあるし江戸の文字は読めないし、苦戦しました。ネットでの検索なので定かではありませんが、22銘柄、見つけました。
一番上右の「正宗 」と「江戸一 」は1625年創業の桜正宗の銘柄 です。「正宗」は清酒の代名詞でした。左から3列目の「旗頭 」は文政元年1818年創業の黄金色酒造 と思われますが、こちらは焼酎 なんですね。焼酎も美味しい。その隣「龍神 」は群馬県の龍神酒造 と思われますが、蔵元の詳しいことが分からなかったのですが、お酒は美味しそうです〜。
上から2段目右から3列目の「寿海 」は沢の鶴で1840年頃から作り続けている銘柄 だと思われます。『♪さわ〜あの〜つ〜る〜』のCMでお馴染みですが老舗だったんですね。その隣の「日本橋 」(橋が絵になってます)は1805年創業の横田酒造。埼玉県 です。「日本橋」の銘柄は創業者が日本橋の酒問屋で働いていたところから付けられました。左から4番目「白鹿 」は寛文2年1662年創業辰馬本家酒造 です。江戸時代の看板に「宜春苑 長生自得千年寿 白鹿 」と書かれていたそうですが、ここにもそのままのコピーが書かれています。
上から3段目左から4列目の「福寿 」1751年創業の神戸酒心館 で13代にわたりこの銘柄を作り続けています。すごい!同じく3段目の右から2番目「高砂 」は1830年創業の富士高砂酒造 と思われます。
4段目、一番左「岸の 」は1789年創業の井上酒造 と思われます。左から2列目は「剣菱 」ですね。このマークは目立ちます。企業マークの重要性を感じます。現在も現役バリバリですね 。その剣菱 の一つ飛ばして右は「相生 」は岩手県の1829年創業、わしの尾酒造。
5段目中央、上がりの下の「白雪 」は天文19年1550年創業の小西酒造 です。清酒発祥の地、伊丹にあり、現存する最古の清酒銘柄 です!隣の「丹頂 」は沢の鶴 にこの銘柄のお酒があるので、沢の鶴でしょうか。その隣「白 」は寛保3年1743年創業のおなじみ、白鶴 です。さらにお隣、右から2番目「鶴齢 」(鶴が絵です)は享保2年1717年創業の青木酒造 。コメどころ新潟県魚沼です。
6段目右から2列目は寛文5年1665年創業の盛田 だと思われます。銘柄は読めませんでした、、、。
7段目一番左「雲龍 」は天保10年創業の山星酒造 と思われますがこの銘柄はもう作られていないかも、、、。「末廣」は嘉永3年1850年創業の末廣酒造 。福島のお酒の飲み比べの時にも紹介しました!
8段目、一番下の段の左端「志ら梅 」は岩手県の元禄時代創業の志ら梅酒造 と思われますが、詳しいことは分かりませんでした。中央の「力士 」は寛延元年創業の釜屋 。埼玉県の蔵元で、現在でも「力士 」の銘柄は販売してます。その隣「万上 」はあのマンジョウ本みりんの万上 です。文化11年 には販売され大人気になりました。みりんは発売当時は甘いお酒として飲まれていましたが、江戸中期から料理に使われるようになりました。 1925年に野田醤油(現在のキッコーマン)と合併され、現在でもマンジョウ本みりんは製造販売されています。
他にも現存する蔵元があるかもしれません ね。あと、読み間違いとか、同じ銘柄で蔵元が違う、とかあったらごめんなさい。そして、江戸の人は本当、酒好きですね〜。 とりあえず、あとは味見だけ! どこから試そうか迷います!!