高度な木版画の技術が分かる、歌川国貞(三代目豊国)の浮世絵

高度な木版画の技術が分かる、歌川国貞(三代目豊国)の浮世絵

Ukiyo-e prints by Utagawa Kunisada (Toyokuni III) that show the advanced techniques of woodblock printing

先日主人が浮世絵を購入してくれました。クリスマスだから!・・・渋すぎるけど嬉しい。初めて絵画を購入して、しかもネットだったので、、、大丈夫??鑑定団の音楽が頭を流れてしまいましたが、、、裏にインクのシミがあるし、汚れ具合も古そうだし、サインなんかも図版と見比べたりして、多分大丈夫。本物。

歌川国貞 役者絵 大判錦絵 江戸時代後期

歌川国貞(三代豊国)の晩年の作品、役者絵です。構図も良いし、背景には菖蒲も描かれ、縁起も良さそう。爽やかでキリッとした美男美女(女形)、構図も素敵です。国貞の時代は江戸の後期なので、木版画の技術も最高峰になった時期です。職人さんの技術も凄い!!

版画とは思えない細かいディテールを手元でマジマジと見てしまいました。髪の毛1本1本を描いているのではなく、彫って刷っている。髪の生え際は1mmに5本も髪の毛が描かれています。彫師の技ですね。微妙なグラデーションは摺師のテクニックによるものです。木版画でよくここまで作れるな、といつも感心してしまいます。彫師や摺師によってその作品の出来が左右されるので、作家のお気に入りの職人さんがいたそうです。この作品には『彫駒』と彫師の名前が入っていますが、国貞の晩年の作品には彫師や摺師の名前が入っていることが多いようです。職人さんの技術に敬意を表しているんですね。

当たり前ですが、本物には惹きつけられてしまいます。音楽も録音で聴くのとライブに行くのとでは、全く違うのと同じですね。絵画も生で見ると迫力というか、図版やネットで見るのと別物ですね。

国貞は天明6年(1786年)江戸本所五ツ目(現在の江東区亀戸5〜6丁目辺り)の生まれ。子供の頃から浮世絵が好きで教わらずに浮世絵を描いていたそうです。15〜16歳頃に歌川豊国に弟子入り。その才能は豊国も認め、期待されていました。その期待通り、23歳(文化4年1807年)頃から読本の挿絵をはじめとして活躍します。錦絵も好評で、特に美人画は躍動的でイキイキと生活していた女性が粋に描かれています。

文政8年(1825年)豊国が没し、二代目は養子の豊重が継きますが、天保6年(1835年)頃に逝去したか、引退をしたようで、弘化元年(1844年)国貞が三代目を継ぎます。なのに、作品には「国貞改二代目豊国」と書かれているものも多く、混乱します。どうやら二代目の襲名には一悶着あったようです。実力は国貞なのに、養子ということで豊重が勝手に二代目を名乗ってしまい、さらに家庭の事情なんかもあったりして、揉めていたようです。現在の美術研究では混乱するので国貞=三代目にしているようです。当時の人は住居にちなんで「亀戸豊国」と呼んでいたそうです。こっちの方が分かりやすいかも!正直、名前変えるのやめてほしい、、、。過去の人に言ってもしょうがありませんが、分からなくなっちゃいます。北斎がその代表格ですけど、、、。

北廓月の夜桜 歌川国貞 横大判錦絵 (天保〜弘化頃)
出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)国立文化財機構所蔵品統合検索システム
吉原の大門です。江戸の人々が生き生きと描かれ、賑わいがよく分かります。

襲名後、晩年は職人と連携して版画の高度な技法を誇示する工芸的な作品が多くなりますが、元治元年(1864年)に79歳で亡くなるまで精力的に作品を制作し、当時の浮世絵界を牽引する一人として活躍しました。

吉原と浮世絵

吉原と浮世絵

吉原は浮世絵にたくさん描かれています。みなさん美人は好きですからね〜。また気軽に通えない人にとっても、吉原の浮世絵は楽しみだったのでしょう。現代のプロマイドみたいな感じです。その中でもちょっと異質な、こちらの「名所江戸百景・浅草田甫 酉の町詣」がお気に入りです。

名所江戸百景・浅草田甫 酉の町詣
歌川広重 安政4年(1857) 大判 錦絵
出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)国立文化財機構所蔵品統合検索システム

私は北斎が大好きです。なので広重はそんなに興味がなかったのです。全然タイプが違いますから。大胆で力強く茶目っ気もある北斎と、理路整然、真面目すぎない?といった印象の広重。変人と武士。と思っていたのですが、数年前に太田美術館で広重の絵を見た時に、ものすごく綺麗!と感激しました。なるほど、これは幅広く愛されるよね、美しいものをやっぱり人は欲するよね。

こちらの吉原から見える浅草田んぼ。シンプルで清々しい。そこに吉原の格子の中から外を眺める猫かわいい。でも本当は外に出て自由に歩き回りたい遊女の心情を代弁しているようで切ない。

実は以前浅草に住んでいたのはこの辺りなんです。もちろん現在、浅草に田んぼなんかありません。なので風景は全くの別物です。ビルだらけで富士山も見えないし、、、。鷲神社すぐ近く、11月の酉の市は楽しみでした。熊手を売るたくさんの屋台と威勢のいい掛け声を聞いて雰囲気を存分に味わいながら、小さい神社の熊手を買いに行きました。下町のお祭りは季節の風物詩。三社祭、朝顔市、ほおずき市、そしておとりさま

吉原もすぐ近くです。この絵は吉原からおとり様に行く人たちを眺めていますから、ほんとに近いんですよね。吉原は現在でもちょっと近寄れないのでほとんど行ったことはありませんが、遊女は近所にあるおとり様にも行けなかったんですね。

吉原のはなしはこちらから
遊郭の成り立ち、構造から花魁の生活、そこで働く人などなどCGと共に紹介します。

『鬼滅の刃〜遊郭編』の吉原の風景

『鬼滅の刃〜遊郭編』の吉原の風景

とうとう、遊郭編始まりましたね!煉獄邸の話はちょっと、うるっときてしまいました、、、。火の神神楽の秘密や煉獄さんと炭治郎の父の秘密とかも知りたいですね〜。

最後に遊郭の映像が流れていましたが、CG作家中村宣夫は『鬼滅の刃』第1話目からモデリング協力をしております。モデリング協力とは背景画の骨格となる形状データおよびレンダリングの際の素材を制作提供しています。いわゆる日本家屋のデータ協力ですので、お屋敷などが出てくると注目して見てしまいます。今回の遊郭編には多く登場するので楽しみです!

吉原張店内部

また、すごく綺麗にアニメ映像になっていて感激しました!スタッフの皆様、感謝です。これからどんな展開になるのか、楽しみになりました。炭治郎達が遊郭の中を走り回ったり、バトルしたりして破壊されちゃったりもするんだろうな〜。前半はウルっと来て、後半はワクワク!来週が待ち遠しい!

ところで遊郭といえば、浮世絵にずいぶん描かれてきた題材ですが、その中でも異彩を放つ絵画が葛飾北斎の娘、栄、雅号「応為」の代表作、「吉原格子先之図」です。

葛飾応為『吉原格子先図』紙本著色一幅。26.3×39.8㎝ 文政~安政(1818~1860)頃。太田美術館蔵。出典wikipedia

美人画は俺以上だ、と北斎に言わしめた応為。一番近くで幼少の頃から北斎の絵を見続け、その才能を受け継ぎ、北斎の右腕として絵を描き続けました。北斎の工房で描いていたため、応為としての作品はほとんど残されていません。しかし「吉原格子先之図」の図中の提灯には隠し落款の「応為」「栄」の文字が見えます。この作品は「私の作品よ」と主張するようです。

まるで西洋画のような陰影と遠近法は、江戸時代の人の絵なの?と、驚きがあります。当時こういった表現方法をされていたということは、かなり勉強研究していた証だと思います。北斎は西洋画を集めていた、という説もあるので、一緒に研究していたのかもしれません。また、この作品を女性が江戸時代に描いていたという事が新鮮ですが、北斎とは違う色使いと繊細なタッチで、女性らしい濃厚さというか、艶かしい感じがします。

その「吉原格子先之図」からインスパイアして製作したのが吉原のCGです。妖しい光と影が吉原の色香を表しています。

吉原張店

歴史CG作家中村宣夫HP
たくさん作品をご覧になりたい方はこちらから。
江戸城、日本橋、長屋、吉原などなどご覧いただけます。

フランスの作曲家ドビュッシーが浮世絵から影響を受けていた

フランスの作曲家ドビュッシーが浮世絵から影響を受けていた

The French composer Debussy was influenced by ukiyo-e

先日、友人がさいたま市音楽家協会の演奏会に出演していたので久しぶりにクラシックのコンサートに行ってきました。綺麗な音楽に癒されて、全ての芸術は音楽的であるべきだ、というショーペンハウアーの言葉を思い出しました。(古い記憶なので間違えていたらごめんなさい)

クラシック音楽を聴きながら、日本文化の関わりあるかな、と考えていて、その時に思い出したのがドビュッシー。

フランスの作曲家ドビュッシーの交響詩「海」(「海」管弦楽のための3つの交響的素描/1905年)北斎の「神奈川沖浪裏」に影響されて作られたと言われている管弦楽曲です。美しく、壮大な曲です。キラキラと輝く凪いだ海と北斎の絵のように激しく迫ってくる波を感じます。東洋テイストもありますが、やはりドビュッシーが見ていたフランスの海を思い浮かべてしまいます。

出典:国立博物館所蔵品統合検索システム ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

ドビュッシーはカミーユ・クローデル(彫刻家)と交流があり、彼女から浮世絵を見せられて影響されたのではないかと言われています。1905年に楽譜が出版された時の表紙は「神奈川沖浪裏」をデザインしたものです。ちなみにこちらの波の絵は優等生的な綺麗な波ですね。北斎のgreate waveのように大胆にするのは気が引けたかな?

北斎を始めとした浮世絵がヨーロッパの印象派の絵画に多大な影響を与えたことは有名ですが、画家だけでなく作曲家にも影響を与えていた、ということですね。

ゴッホ ジャポネズリー:雨の橋(広重を模して)1887年油彩 カンヴァス
ファン・ゴッホ美術館蔵©Van Gogh Museum, Amsterdam(Vincent van Gogh Foundation)

遠い大陸の西と東の端っこで文化的に交流がされていたなんてロマンがあります。お互い出会うことは無かったけれど、もし出会っていたら、どんな芸術が生まれたのでしょう。当時北斎は出島に来ていたオランダ人からの依頼も受けていたようですが、まさかヨーロッパで画家たちに大きな影響を与え、その発展を促し、さらに音楽にまでなってるなんて思いもしなかったでしょう、、、。

浮世絵に影響された作家といえばゴッホ。浮世絵が不用品として日本製の陶器のクッション材として使われていたのは有名な話ですが、ヨーロッパの人が日本の浮世絵を評価してくれなければ、浮世絵は現在まで残っていなかったかもしれません。ヨーロッパの方に感謝です。

ゴッホ ジャポネズリー:梅の開花(広重を模して)1887年油彩 カンヴァス
ファン・ゴッホ美術館蔵©Van Gogh Museum, Amsterdam(Vincent van Gogh Foundation)
ゴッホ ジャポネズリーおいらん渓斎英泉を模して)1887年油彩 カンヴァス
ファン・ゴッホ美術館蔵©Van Gogh Museum, Amsterdam(Vincent van Gogh Foundation)
とらやの羊羹と浮世絵に描かれたお菓子

とらやの羊羹と浮世絵に描かれたお菓子

Yokan from the long-established Japanese confectionery shop “Toraya” and sweets depicted in ukiyo-e prints

老舗の和菓子といえば、『虎屋』の羊羹を先日頂いたので数年ぶりに食べました。さすが、美味しいですね。甘すぎず、でもしっかりとした餡子の味がして、飽きが来ない味でした。最近羊羹は非常食としても注目されていますが、賞味期限が1年間もあってビックリです。まあ、虎屋の羊羹を非常食にする人はいないと思いますけど、、、。

虎屋の創業、室町時代後期、ってかっこいい!色々な文献に虎屋のことは書かれているようですが、浮世絵として残っていないのかな〜と思いましたが、なかなか見つけるのは大変なようですね、、、。

せめてお菓子を食べている浮世絵はないものかと探してみました!

「江戸流行菓子話船橋」天保11年 渓斎英泉(江戸商売図会(中公文庫)より)

こちらの浮世絵は深川の船橋屋織江です。江戸に京菓子の羊羹が入ってきたのは寛政年間(1789〜1801年)頃で、京菓子の羊羹を江戸っ子好みの味にして大ヒットしたそうです。絵からもその繁盛ぶりが伺えます。

北斎の作品も見つけました! 

母子と梅の花餅 宗理画 寛政9年(1797年)津和野藩伝来摺物 大小暦狂歌摺物
2019年新・北斎展のカタログより

摺物に描かれていますが、こちらは私的に出版されたもので一般の人が購入するものではなく、何らかの目的のために配布するために作られたものです。津和野藩の藩主、亀井家に残されていたものなので、藩主からの依頼で作られたのでしょう。右下の四角い重箱に入っているのは花餅です。お正月などのお祝いに食べられる、餅でできたお菓子です。そこに数字が書いてありますが、それと、周りの赤い花が暦を表しています。狂歌も上に書かれていますね。

梅の花の形をしたお菓子に数字が書いてあります

お母さんが子供をあやし、楽しそうな赤ん坊。子供の成長を願う優しい絵です。北斎30代後半の宗理時代は琳派に傾倒し浮世絵から離れていた時期で画風が繊細でこの絵のテーマにぴったりとマッチしています。

葛飾北斎 冨嶽三十六景 『尾州不二見原』

葛飾北斎 冨嶽三十六景 『尾州不二見原』

Katsushika Hokusai, Thirty-six Views of Mount Fuji, “Fujimihara in Bishu”

北斎は大好きですが、その中でも、この大樽の間から微かに見える富士山を描いた「尾州不二見原」はマイベストの1つです。

冨嶽三十六景 尾州不二見原

当時、高い建物が無かったのでかなりの広い地域から富士山が見えました。どこにいても何をしていても富士山が静かに鎮座して庶民の生活を見下ろしている。富士山は不思議なパワーがあります。富士山が見れた日はちょっとラッキーな感じがして、富士信仰をしていた江戸の人たちに共感します。

尾州は尾張なので現在の愛知県名古屋市辺りから富士山を眺めた景色のようですが、実際名古屋からどのように見えるのか、、、。私は関東からしか富士山を眺めたことがないので分かりませんが、北斎が実際にこの地で描いたわけでは無いようなので、実際見れる風景と同じだったかは甚だ疑問です。

ですが、ここは北斎の絵画の世界です。

北斎の絵画の魅力の一つは構図の面白さ。こんな大きな樽本当にあるの?ってサイズの樽からちょこんと見える富士山。望遠鏡のレンズを覗いたみたいな、でもそこだけクッキリと切り取られて富士山が主役と分かります。また遠景と近景のコントラスト。神の山である富士山と真剣に樽を作る職人。その職人の表情は穏やかで職に対する愛情とプライドが感じられます。それは北斎が職人を尊敬している証にも思えます。穏やかな日常の1コマなのにどこか躍動感も感じられるのは北斎絵画の構図によるものだと思います。

浮世絵に描かれた「剣菱」

浮世絵に描かれた「剣菱」

“Kenbishi” sake depicted in ukiyo-e

最近次男と晩酌をしておりまして、、、日本酒が飲みたいというので「剣菱」買ってきました。お酒は好きですが、今まで日本酒は苦手で、あまり飲んで来なかったのでどの銘柄が美味しいか、とか分からなかったのですが、流石に「剣菱」は有名なので聞いたことがあるし、一度飲んでみよう、と購入しました。

500年もの歴史を持つ「剣菱」。浮世絵にも描かれていて、江戸の人にも愛飲されていたようですね。そのお味は、美味し〜!やっぱり美味しくなきゃ、500年も続かないよな〜、間違いない。意外に飲みやすくて日本酒って美味しいんだ〜と実感。甘すぎず、辛すぎず、ちょどう良い感じ?(語彙力が、、、ソムリエにはなれないな、、、。)日本酒って甘いのから辛いのまで味に幅がありますが、剣菱はバランスがよかったです。(単なる好みかもしれませんが)

江戸の人たちも美味しいもの飲んで、江戸前の新鮮で美味しい魚を食べて、、、羨ましい〜!

現在は兵庫県神戸市に剣菱酒造の蔵元がありますが、江戸時代には、伊丹で作られていたそうです。そこから江戸まで運ばれたんですね。当時の流通が発達していた証でもあります。歌川広重や渓斎英泉の浮世絵に剣菱の酒樽を担いで日本橋を渡る様子が日本橋の風景として描かれています。その酒樽は小売りの酒屋に運ばれ、徳利や角樽などに移して売っていました。江戸ではそう言った酒屋を「枡酒屋」と呼んでいました。当時の酒屋を描いた読本にも剣菱のマークの入った樽が描かれています。

喜多川歌麿「名取酒六家選 兵庫屋華妻 坂上の剣菱」(メトロポリタン美術館蔵)
お酒の広告に美人は昔からの定番です。

歌麿の浮世絵には名酒として描かれているので、やはり当時から愛されていたんですね。

【初心者でも楽しい浮世絵】可愛い!!浮世絵師・歌川国芳の金魚

【初心者でも楽しい浮世絵】可愛い!!浮世絵師・歌川国芳の金魚

[Fun Ukiyo-e for Beginners] Cute! Goldfish by Ukiyo-e artist Utagawa Kuniyoshi

歌川国芳は江戸時代の後期、19世紀に活躍した浮世絵師です。人柄は北斎とは全く違うタイプで、チャキチャキの江戸っ子、親分肌だったようです。

金魚づくし・さらいとんび
歌川国芳筆  江戸時代・19世紀  中判 錦絵

国芳は動物の絵を多く描きました。猫好きで冬には懐に入れて暖をとっていたとか。猫の絵を沢山残していますが、私が好きなのは金魚の絵擬人化されていて、金魚が子供おぶっていたりとか、シャボン玉吹いていたりと、鳥獣戯画を彷彿とさせる茶目っ気たっぷりの浮世絵は4コマ漫画のようで楽しい。

金魚づくし・玉や玉や
歌川国芳筆  江戸時代・19世紀  中判 錦絵
出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)国立文化財機構所蔵品統合検索システム

北斎の次の世代なだけあって、肩の力が抜けてる感じで自由さというか大らかさを感じます。

金魚づくし・百ものがたり
歌川国芳筆  江戸時代・19世紀  中判 錦絵

3つ目の金魚の絵は猫との共演ですね。完全にロックオンされちゃってます。棒で立ち向かおうとしている金魚が健気で可愛い。右の方にはパニックになって折り重なっている金魚もいますね。「百物語」だから猫は妖怪の役割?自身作の「相馬の古内裏」のパロディかな?

実は私のMACのデスクトップ3は国芳の金魚です。ちなみにデスクトップ1は北斎、2は白隠、サブディスプレイはこれも国芳の鯨退治。まあ、データ開くと見えなくなっちゃうんだけどね。

北斎 諸国瀧廻り

北斎 諸国瀧廻り

Hokusai: Visiting Waterfalls in Various Provinces

葛飾北斎ってやっぱりすごいです。日本を代表する画家ですし、作品数も多いし、印象派に影響与えちゃってるし、ロシアのどこかのマンションの壁面一杯に神奈川沖浪裏とか描かれちゃったり、簡単に語っちゃっていいのか?というぐらいの巨匠ですよね。

北斎の魅力の一つは構図の大胆さ。『諸国瀧廻り・木曽路ノ奥阿彌陀ヶ瀧』はその代表的な例です。滝の上の丸い水の塊は何?こんな滝ないでしょ。その塊からドバーっと滝が流れてくる。落差約60m。滝のダイナミックさとか迫力とかちゃんと伝わってくる。そしてデザイン的。日本の絵画は写実性と抽象性が絶妙のバランスになっているんですね。

諸国瀧廻り・木曽路ノ奥阿彌陀ヶ瀧
しょこくたきめぐ きそじ おくあみだがたき  大判錦絵 天保4年頃 出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)国立文化財機構所蔵品統合検索システム

滝の前でお弁当広げてる人物もいい。こんなすごい滝の前で、きっとマイナスイオンを浴びながら滝を楽しみ、おしゃべりに興じている。北斎の人物はいつも人生を謳歌しています。

北斎はとにかく作品が面白い。当たり前過ぎますが、北斎展に行って、作品数もものすごく多かったのですが、夢中で観ていて、疲れ切って仕方ないから出口に向かったのですが、気がついたら3時間ぐらい見ていました。でも全く飽きない。体力がもっとあったらずっと見ていたかった。北斎は面白い。楽しい。大好き。単なるミーハーです。

北斎の絵に対する執着心と変人伝説これぞ芸術家!本人に出会えても(たとえ尊敬してたとしても)凡人の私では友達にはなれなかったかも知れません。仏像背負ってブツブツ念仏唱えて歩いていた、とか、あれだけ売れっ子なの常に貧乏とか、名前もお金に困ると売っちゃうからコロコロ変えちゃうし、当時の芸術家名鑑に住所不定って記載されてる、、、。エピソードも超一流です。

こちらの作品に描かれた阿弥陀ヶ滝岐阜県郡上市にあり日本の滝100選に選ばれています。遊歩道が整備されていて、滝の近くまで行けるそうです。絵の中のお弁当食べてる崖は無さそうですが、、、­アフターコロナ に行きたい場所がまた増えてしまいました。

実際の阿弥陀ヶ滝。美しい滝です。